猫額洞の日々

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2016年 05月 29日

今週のホイホイ(8)敗戦時、彼らは何歳だったか

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~5月28日より少し続く

 敗戦を何歳で迎えたかが、かなり決定的だろう。

 1925年生まれの三島由紀夫は、20歳。
 1928年生まれ、澁澤龍彦、17歳。
 1931年生まれ、秦早穂子、14歳になったばかり。
 1932年生まれ、小林信彦が、13歳になる前。
 1935年生まれ、久世光彦は、10歳。

 無名人だが義母や叔母が、それぞれ16歳と15歳で8・15を
迎えている。(向田邦子も同年生まれ、15歳だ。)

 若いとき、幼いときの2、3歳の違いはその後の年代より、
感受性に於いて違いが大きい。

 どんなにマセていても10歳は子どもだ。久世光彦の場合、
軍国主義下と幼年期の記憶とは、dead ringer 関係だろう。

 6歳違うが、家の(間取りやなにかの)記憶、子どものころの
風景の記憶の共通性で、向田邦子と久世光彦は話が合ったらしい
が、敗戦までの向田邦子も、愛国少女だったのだろうか。

 人生を始める前の、その意味では幸福な幼児期・少女期と
軍国主義の時代とは、向田邦子にあっても、dead ringer して
いたのか。敗戦時に何も考えなかったとは思えないが、向田邦子の
愛読者とは言い難い__下手な小説家としか思わない__ので、
分からない。

 1922年生まれの山田風太郎は、23歳だった。いまだ青年期にある。
物心ついてからずっと戦争だった彼の世代。

 彼ら、敗戦時に子どもや若い人であった彼らが、戦後を生きることで
戦後という時代の感情的・感覚的インフラが整えられ、戦後に生まれた
人間は、それを当然のものとして使って生きてきた。

 戦後生まれが新たにつけ加えたと言えるのは、戦後生まれ(の、ごく
一部、少数派)が感応した、音のセンスであろう。これは、いまの若い
人々のビートや音感に受け継がれたと思われる。





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by byogakudo | 2016-05-29 20:34 | 読書ノート | Comments(0)


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