猫額洞の日々

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2016年 06月 04日

小沢昭一『ぼくの浅草案内』読了

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 元版は1978年、講談社刊行。小沢昭一による、70年代後半
(にまで残っていた)浅草周辺の町歩き。東の東京が、いちばん
忘れ去られていた時期の記録だ。

< 江戸時代から明治へかけて、猿若町や吉原が江戸文化の
 中心であったように、そして大正から昭和にかけて、オペラや
 レビューのモダン浅草が、ちょうど今の[注:1970年代後半]
 新宿、渋谷のごとく文化の先端を走っていたように>(p14)

浅草は、かつて文化的なコアであり、人々が集まっていたが、

< 何年か前の参議院選挙の時、立候補者野坂昭如の選挙カーに
 乗って、私は応援の叫び声をあげながら新宿、渋谷方面より
 浅草へ入って行った。高速道路を出て橋を渡ったとたん、全く
 別の国へでも来たかのように、町の人々の反応は冷淡になり、
 冷淡どころか、野坂の名前すら知らないような手ごたえのなさに、
 私はガクゼンとした。そして、その反応どおりに、野坂は下町の
 固定票を切りくずせなかった。
 [略]
 私の支持した、その考え方に大いに共鳴した候補者が、これまた
 私の尊敬おくあたわざる浅草から、総スカンに等しい仕打ちを
 うけたことが、私としては、ユユシキ大問題として引っかかり、
 それが今でもそのままになっている。>(p15)


 田舎町からやってきて住み込んだ者が、東京について語る資格が
あるかどうか分からないが、数十年も住めば、それなりの解釈を
述べても全否定はされないだろうということにする。

 東京は江戸をプロトタイプに使った。当然、東から東京が始まる
が、人口増に連れ、未開の地、西へと拡大する。

 "官尊民卑"という言葉があった。占領軍である官僚たちが住む
"山の手"に比べて、民間人たちの"下町"が相対的に地位が下がった
ところへ、関東大震災、第二次大戦時のアメリカ軍による空爆で、
東の東京(むかしながらの"下町")は壊滅的打撃をうける。
 人口が減り、産業資本としては浅草寺の観光価値くらいしか見当ら
なくなると、誇りはあっても自信は減少する。
 ときには虚勢を張ることだって必要だ。なぜなら、自信をなくすと
判断力も落ちるから。

 浅草というより、"川向こう"の問題かもしれないが、スカイツリーを
歓迎したり、ソラカラちゃんなる"ゆるキャラ"を流通させてしまったり、
大変失礼な言い方になるが、貧すれば鈍するという諺が浮かぶ。
 古層に江戸がある土地柄で、いや、川向こうは鄙びていたから、その
せいなのか、田舎くさい"ソラカラちゃん"を承認してしまう。悲しく
ありませんか。

 大まじめに作ったのに、結果的にダサいのが"ゆるキャラ"、最初からの
ゆるキャラ狙いは、卑しい広告代理店目線だろうに、それにすがる...。
 そこまで追いつめられていた、とも言えるが、スカイツリーが建って、
観光客が来ても、スカイツリー内のショップで買い物その他が終わる。
外に広がる町を歩こうとしない、地元の商店は無視される。この展開の
どこが町起こしだろう。殺された町は、"再開発"という名の、タワー・
マンションの建設予定地にされる。これこそアベノミクス...。

 1970年代後半の浅草や川向こうは、たんに寂れた、静かな町だった
だろう。

< 浅草の通りで、ひさご通りを通って、そのまま言問通りを超え、
 千束通りへ入ってゆくコースは、私の好きな道。
 [略]
 ちかごろになって、この通りの、スカシテいない、何気ない、無理の
 ない、ごく日常的なたたずまいに、だんだんひかれて来ている。>
(p76)

     (小沢昭一『ぼくの浅草案内』 ちくま文庫 2001初 J)





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by byogakudo | 2016-06-04 21:48 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2016-06-04 22:18
イナカッペイの私などは浅草だけは銀座などと違って心安く受け入れてくれるだろうと、何軒かの店を歩いてみましたが冷たかったなあ。
思い描いていた浅草はなかったです。
お祭りでにぎわっても蛇骨湯が混むくらいでさっと人がいなくなるのは浅草の自業自得かもしれないです。
地価の上に胡坐をかいて、でもその先に何も展望を描けないから、変な開発に乗って現ナマを手にしてまたなじみの店でえらそうにしているのです。
Commented by byogakudo at 2016-06-04 23:48
どうしてみんな、「夢よもう一度」路線になって
しまうのか。いちど成功したことがあっても、その時
の条件をひとつひとつ吟味しないと、二度目も使える
とは限らない、と思うのですが。


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