猫額洞の日々

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2016年 06月 08日

中一弥/末國善己 構成『挿絵画家・中一弥』読了

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 中一弥、1911年1月29日~2015年10月27日、104歳で死去。

 最晩年の仕事だけでも__
 2002年(中一弥、91歳)時、新聞連載小説の挿絵を担当。
 2003年(92歳)、『挿絵画家・中一弥__日本の時代小説を
描いた男』刊行。
 2009年(98歳)、新聞小説の挿絵を描く。
__1927年(16歳)、挿絵画家・小田富弥に弟子入りしたとき
から始まる彼の仕事を語ることは、そのまま、日本の時代小説と
挿絵の歴史を語ることになる。

 わたしは日本語文学に疎いし、時代小説もよく知らない。読者と
して適切ではないけれど、知識がなくても面白い。

 公式デビュー作品が新聞小説、直木三十五『本朝野士縁起(ほん
ちょう やし えんぎ)』(1929年、18歳)。2009年の仕事が最後で
あるとして、挿絵画家歴・80年。仕事一筋、と簡単に言うけれど、
はやりすたりのある仕事で(しかも片目が失明に近い)、結果的に
80年、注文があり続けるのは、すごい。

< とにかく、岩田専太郎の絵は、当時の挿絵に一つのタイプを
 つくったことは間違いない。岩田専太郎風の絵が、一世を風靡した
 のです。僕も、岩田専太郎の亜流のような絵をずいぶん描きました。
 正直、それは本意ではありませんでした。ただ、岩田専太郎の画風、
 あるいは、小林秀恒の画風でないと、出版社から依頼がこない時代
 もあったのです。それほどの影響力が、彼の絵にはあったんですね。>
(p50『第二章 新人時代』)

 岩田専太郎が、そんなにビッグネームだったとも知らなかった。

 挿絵画家は特殊な絵描きだ。まず小説があり、つかず離れずの距離を
保って挿絵がある。ときには小説で書ききれないことを補い、スパイス
を加え、だけど出しゃばらない。

<戦争中は、僕もまだまだ低く見られていたんでしょう。地方紙には
 ずいぶん描きましたが、全国紙はやったことがなかった。雑誌でも、
 「オール読物」なんかは、自分にとっては敷居が高い印象があった。
 だから、「オール読物」から、野村胡堂さんの『銭形平次捕物控』
 の依頼がきたときは、嬉しかったですね。たしか、昭和十六年[注:
 1941年、30歳]のことです。
  『銭形平次捕物控』は、コンテ(鉛筆)で書いたんですよ。あるとき、
 外国の雑誌をめくっていたら、コンテで描いたスケッチがあった。
 それを見て、こりゃあいい、と思って、その調子を取り入れてみたん
 です。『銭形平次』にはちょっと合わないような気もしていましたけど、
 自分では面白くて、この時期、このやり方でだいぶ描きました。幸い、
 野村胡堂さんにも気に入ってもらえたようです。>
(p98~100『第四章 妻の死』)

 文房具の話__
< 消しゴムは、鯨印(くじら じるし)でした。僕も、小田[注:富弥]さんを
 真似て、文房堂のケント紙と鯨印の消しゴムを使っていました。鯨印は、
 ちょっと横長の小さいものでしたが、いい消しゴムでした。もう、あんな
 素晴らしい消しゴムはないんですよ。普通の消しゴムを使うと、大きな
 カスがごろごろ出ます。でも、鯨印の消しゴムだと、小さいさらっとした
 カスが出るだけなんです。今も、[略]似たものを探すんですが、かろうじて
 近いものはあっても同じ具合のものはない。どうして、あんないいものを
 無くしたのか、不思議ですね。>
(p51『第二章 新人時代』)

 妻を亡くしたり、自身も病を得たり、兵隊にも行きしながら、挿絵を描き
続けた生涯だ。

 資料としての必要もあって古典籍を集める。
<原本に凝ると、これが面白いんです。>
(p164『第七章 昭和三十年代』)
<画料の何倍もする本を、平気でポンポン買っていましたから、もう、
 めちゃくちゃですよ。>(p165『第七章 昭和三十年代』)

 時代小説の第一次資料としての着物にも凝る。
<和装は、帯やら長襦袢やら帯留めやら帯揚げといった付属物が多い
 でしょう。着用の仕方がちゃんとわかっていないと、完全に和服を着る
 ことはできません。絵を描くために、江戸時代初期の着物を、わざわざ
 復元したこともあります。
 [略]
  映画女優などに比べれば、僕が集めたものなんて、びっくりする
 ほどの量ではありません。それでも、毎日着替えても一ヶ月以上は
 もつくらいはありました。>
(p176『第八章 昭和四十年代、池波正太郎の時代』)

< 最近の若い作家の方が書く作品を読むと、むしろ、現代もの
 を 時代ものの舞台の上で書いている印象を受ける。現代人が、
 ちょんまげを乗っけて、袴をつけて、大小を差して、という感じの
 小説が多いように思いますね。
 [略]
  ただ、僕はそれでもいいと考えています。今は、新撰組の生き残りが
 考証の間違いを指摘するという時代でもありませんし、むしろ、現代的な
 発想が、新しい時代小説を生み出しているのではないでしょうか。>
(p215~217『第九章 昭和五十年代以降』)

 自分はしっかり時代考証しながらも、世の中の移り変わりをきちんと
把握して描く。だからずっと現役でいられたのかしら。

     (中一弥/末國善己 構成『挿絵画家・中一弥__日本の時代小説を
     描いた男』 集英社新書 2003初 帯 J)





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by byogakudo | 2016-06-08 22:40 | 読書ノート | Comments(0)


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