猫額洞の日々

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2016年 06月 12日

老人と喫茶

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 この先、老人が増える。今現在のような長寿の老人は減るかも
しれないが、相対的にも絶対数でも、老人は増える。
 (最後には看取りが必要になるが)介護が必要な老人を増やさ
ないために、散歩がいちばん推奨されるのではないだろうか?

 散歩には、あんまりお金がかからない。運動が苦手な老人でも、
歩けるひとなら誰でもできる全身運動である。ただし、長歩きが
できないので、あちこちに休憩所、つまり喫茶店が必要になる。
 公園のベンチがあるが、あれは腰が丈夫な若いひと向きだ。
ひと息つく設備として、バス停並みに、あちこちに喫茶店がある
ことが望ましい。

 一時期、日本の喫茶店文化は終わったかと思われるほど、個人
経営の喫茶店が消えて行った。経営者が歳をとり、安価なチェーン
の喫茶店に押され、古本屋が一代限りで終わることが多い、と同じ
ように、喫茶店もなくなっていった。

 と思っていたら、21世紀に入ってしばらくすると、これも古本屋
と同じように、若い経営者による喫茶店が目につくようになった。
 みんながB・Oで満足できるわけがないように、人々が交錯する
"場"としての、新しい古本屋と喫茶店が発生している。散歩と本が
好きな人々(老人、若人を問わず)には、どちらもうれしい現象だ。

 なんてことない土地を歩くことが好きなので、ありきたりの住宅地
を散歩する。不審者を見る目で見られるのと、疲れても休む場所が
ないのが問題だ。

 むかしは住宅地の中の喫茶店や古本屋なぞ、考えられなかった。
すでに町ができていて、ある程度以上のひとが通る場所を選んで
店を開くのが普通だったが、移動が困難な老人でなくても、買物は
通信販売に頼るのが一般的になったいま、自分から新しい町をつくる
意志だろうか、若い人々が住宅以外、何もなかった土地に喫茶店や
古本屋を開く。

 7日(火)は喫茶 ε [え]、今日は五日市街道沿いのFLAVORに行った。
路散人(ろさんじん)腕章の冗談を交わした2010年8月6日から、はや
6年。もう洒落や冗談では済まない。喫茶店が必要なのだ。

 あ、喫茶 ε [え]の方と「旅するルイ・ヴィトン展」の話をしたとき、
ルイ・ヴィトン美術館と言ったのは、仰る通り、エルメス美術館の
ことです。もう固有名詞がめちゃくちゃ。失礼しました!

 このように身も心もヨレてしまって、それでもわたしは歩きたい、
見ていたいと願っている。





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by byogakudo | 2016-06-12 22:58 | 雑録 | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2016-06-13 09:53
身も心もよれればこそ歩いてほどくのではないでしょうか。
湯があれば言うことなし(ほどけすぎるきらいはある)。
Commented by byogakudo at 2016-06-13 21:51
老人老い易く、学(有ったとしても)去り易し...phew!


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