2016年 06月 16日

パトリック・ハミルトン/北川依子 訳『孤独の部屋』読了

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 ~6月15日より続く

 個人にとってまず保証さるべきは、平穏な日常だ。大震災や
戦争や極端な貧困は、ひとが生きていく基層を奪う。

 空爆や市街戦が毎日続き、それらが新たな日常になるまでは、
戦時下と言えど、個人は今まで通りの私生活・日常を送ろうと
する。ありふれた日常的な事や物が日々、制限されてゆくのだが。

< こそ泥としての戦争は、この小さな町でもロンドンと同様に活躍
 していたから、女性が欲しいものを買おうとしても、どの売り場でも
 物が足りず、がっかりしたり苛立ったり待たされたりするのが関の山
 だった。靴下も、シャンプーも、香水も、ヘアピンも、マニキュアも、
 マニキュアの除光液も、リボンもなかった。時計の文字盤のガラスも
 なく、ガラスが壊れていつ戻るともしれない修理を待つあいだに、
 貸してもらえる時計もない。グリセリンもなし、懐中電灯の電池もなし、
 はさみもなし、繕い用のウール糸もなし、オリーブオイルもなし......。
 こそ泥はなぜかココアは嫌いらしく、ココアだけはいたるところに
 あった。金さえあれば、それこそ浴びるほど買えただろう。
  こそ泥はまた、貪欲な読書家でもあった。おかげでミス・ローチ
 [注:ヒロイン]は図書館で欲しい本を延々探したあげく、見つけられ
 ないことがしょっちゅうだった。>(p245)

 物語は1943年という設定だ。かつての日本が、どれほど戦争遂行能力
(十分な物資・資材)なく、やけっぱちな戦闘を開始してしまったのか、
思い知らされるような記述だ。

 小説はヒロインが勤め先のあるロンドンから戻ってきて、暗闇の町を
懐中電灯で足下を照らしながら下宿屋に向かうシーンから始まる。
 空爆から逃れて田舎町に住んだのに、最後にヒロインはロンドンに
舞い戻る。下宿屋で、彼女をいびることで退屈や鬱憤を晴らしていた
老人と、ついに派手に衝突して、居たたまれなくなったので。

 主に、ヒロインの心理に沿って描かれる小説だが、いじめの対象に
なりやすい人格が、精確に描かれている。躾のよいミドルクラスで、
自己主張を恥ずかしがり、強引なひとに会うと、いつも一歩下がって
相手の心理を慮り、あれこれ考えてしまう性格だ。
 どんなに躾がよいかと言えば、いやがらせをしてくる相手を、心の中で
罵りながらも、自分の怒りに気づくとそれを抑制しようとする、本能に近く
なった行儀のよさである。

 ただ描写は専らヒロイン・サイドに立つ。彼女は、いやがらせだと思っても、
じつは孤独なオールドメイドの被害妄想の可能性さえ、読者に感じさせる。
アイリッシュ辺りなら、そこを強調した物語になりそうで、アメリカとイギリス
作家の肌合いの差だろうか。曖昧な振幅がパトリック・ハミルトンなのかも
しれないと、一冊読んだだけで言うのは無理だが、魅力的だ。

 戦争は小説の背後に退き、大きな長い影として存在する。遠近法で前景に
描かれるのは、小さな下宿屋での小さな権力闘争である。影に覆われて、
人々が酸欠を起こし、調子を崩す。息をするための権力闘争が始まる。
 それは大きな権力闘争である戦争と等価である。

     (パトリック・ハミルトン/北川依子 訳『孤独の部屋』
     新人物往来社『20世紀イギリス小説 個性派セレクション4』
     2011初 帯 J)





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by byogakudo | 2016-06-16 22:16 | 読書ノート | Comments(0)


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