2016年 06月 23日

ラフレッサ再訪/常盤新平『グラスの中の街』再読

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 一年近く前、日本橋本町4丁目「ラフレッサ」に行った。読み返してみる。
 今回も曇り日、同じように道に迷い、なんとかたどり着き、感想はまったく
変わらない。店内のTVの韓流ドラマまで同じ(ほぼ同じ時間帯に行ったので)。
 スタッフが去年は男性ひとりだったのが、今回はさらにマダムとウェイトレス
の若い女性ふたりが加わる。少しして、ひとりが「お先に失礼します」と去った。

 電話がかかってきて、ウェイトレスが近所の会社にコーヒーの出前に行く。
店には男性会社員たちが入れ替わり立ち替わり。だから人手が必要だけれど、
そんなに広くはない店内にスタッフ4人が勢揃いすると、ふっと映画『私は猫
ストーカー』の古本屋にアルバイト女性2人、古本屋夫婦の計4人が登場する
場面を思い出すが、でもこれは現実に目にするシーンなのだ。

 今日は神田方向から戻る。町並も町名もうつくしい。紺屋町交差点から
内側に入ると、「北乗物町7」や「北乗物町5」と大きな字で縦書きした、
青い琺瑯看板が店舗兼住宅の壁に掲げられている。
 鍛冶町2丁目角のお家は、入口のガラス戸が木枠で造り直してある。
建具師がいるのだ。(8月14日に続く~)

 「ラフレッサ」の辺りもこの辺も、壊して建てている音に包囲されて
いる。

 2005年10月に読んだらしい『グラスの中の街』は、どんなエッセイ
だったか忘れていた。

<私が都会的なもの、洗練されたものに惹かれるのは、田舎育ちの
 せいである。そして、東京と私が育った土地とのあいだには超え
 がたい壁があるように思われる。ただし、私の娘には、そういう
 壁はない。
  ジョン・アップダイクという作家はニューヨークのストリート・
 シーン(街の風景)を雑誌に無署名で数多く書いてきた。なぜそういう
 ものを書いたかといえば、地方から都にのぼってきた若者にとって、
 ニューヨークは驚異であり、驚異の目でニューヨークを見たからである。
 つまり、アップダイクは田舎育ちであることによって、ニューヨークを
 ニューヨーク育ちとはちがった目で見ることができたのである。その
 結果、ニューヨークの魅力の発見になった。
  私は銀座によく出かけるが、娘は銀座などに興味を持たずに、
 生まれて育った町を歩きまわっている。あるいは、私が育った仙台の
 兄のところへ遊びに行ったりする。東京に生まれて育つとはこういう
 ことかと思う。>(p228『故郷の幻影』)

     (常盤新平『グラスの中の街』 文春文庫 1987初 J)





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by byogakudo | 2016-06-23 21:07 | 雑録 | Comments(0)


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