猫額洞の日々

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2016年 07月 19日

佐藤春夫『たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集』読了+秦早穂子『影の部分』

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~7月18日より続く

 小品集『たそがれの人間』は編集がすてきだ。
 大きく、『1 化物屋敷を転々と』、『2 世はさまざまの怪奇談』、
『3 文豪たちの幻想と怪奇』と分かち、様々なタイプの怪談を一冊に
収める。

 『2』にある『私の父が狸と格闘した話』は、佐藤春夫の父に起こった
分身譚だ。(本人は分身を見ていないパターン。)
 山村の医師だった父は、明治時代のトップモード、自転車を駆って
村中を往診していたが、ある夜、自転車を脇に放り出し、狸と格闘して
大怪我をしながらも勝った様子を、村人二名に目撃される。だが本人は
何も知らず、自宅で眠っていた。
 佐藤春夫のみならず、大正期の小説には分身譚が目につくのでは
なかったっけ。

 最後に収められた『永く相おもふ__或は「ゆめみるひと」__』の
粘っこさは、敵わないなあ、ちょっと辛いよと感じながらも引っぱられて
読んでしまう。

 佐藤春夫が師と仰いだ与謝野寛の死(1935年)後、同じく敬愛していた
与謝野晶子から、寛の遺品である印を二つもらう。一つは「ゆめみるひと」、
もう一つが「永く相おもふ」という印だと、晶子は手紙に書いていた筈だが、
後者には明らかに別の文字が刻されている。

 尊敬する歌人からいただいたものではあるが、以来、佐藤春夫はその
(おそらくは)取り違えについてあれこれ推理し、けれども問いただす訳
にも行かず、しかし粘着質なので、ずっと気にしていた。その執着ぶりが
糸を引きながら絡みつくかのように、しぶとく記述される。辟易するが
読んでしまう、読まさせる。

< わたくしは自分の物に執する事の深い性癖がわれながら忌々しいほど
 はっきり思い当った。[略]平素の買い物などに当ってもほしいものが二つ
 見つかった場合、わたくしは決してそれを必要な一つだけで満足し得な
 かった。二つとも同時に買い取るか、でなければ二つとも同時に断念して
 しまう事にしていた。というのは手に入れた一つを喜ぶよりも、その一つ
 の品がかえって手に入れなかった方の別の品物の思い出になって手に入れ
 たものよりも手に入らなかったものの方が好もしかったようなへんに未練
 がましい執着に悩まされるのがいやなばかりに、一そ二つとも同時に手に
 入れ得ない限り、二つとも断念する方が、折角得た一つが得なかった一つ
 の無念のかたみになって残るよりはいいという妙な理由であった。>
(p323~324)

 執念は10年後、報われた。1945年、親友・堀口大学が疎開先から手紙を
寄せ、自分が「永く相おもふ」の印をいただいていると言う。与謝野晶子は
佐藤春夫と堀口大学をツインで、若い弟子と認識していた様子があるから、
そこから生じた取り違えであろうと、やっと納得いく推理パズルが完成した。

 戦後1948年、佐藤春夫は堀口大学の住まう高田市を訪れ、「永く相おもふ」
の印を見せてもらう。
<しばらく見入ってから、それを堀口に返そうとすると、堀口は押し返して、
  「それはもう君のものだ!」>(p351)
 さらに与謝野晶子の幽霊が出たようなエピソードまで付いて、話が終わる。

     (佐藤春夫/東雅夫 編『たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集』
     平凡社ライブラリー 2015初 帯 J)


~2014年6月14日より続く

 そういう佐藤春夫の屋敷に、秦早穂子は少女のころ(5歳から)行って
いたのだと、思い出した。『影の部分 La Part de l'Ombre』の7番目
の章『スペイン風の家』だ。

 秦早穂子の父は作家でも弟子でもなかったが、『田園の憂鬱』の頃から
関口台町の佐藤春夫邸に出入りするようになる。佐藤春夫は長女・早穂子
の名付け親にもなった。

 戦後、焼け残った屋敷に、友人や弟子たちがお正月の会合に集う。
奥の畳敷きに佐藤春夫、隣に堀口大学。畳に坐るのは、親友同士の
ふたりと、名を成した作家・文学者たち(井上靖、舟橋聖一、檀一雄、
淀野隆三など)、秦早穂子の父も、
<古くからの縁でか、やはり畳に座る。ようやく文壇にデビューした
 ばかりの吉行淳之介、安岡章太郎は、板敷の方に座る。>(p82)

 ある年の集まりに、葉山三千子が現れた。
< 黒いスーツを着た女のひとの出現に、サロンに一瞬、異様な沈黙が
 走る。色白で髪を内巻きにしたその女(ひと)は、女神のように男たちの
 間に、しゃらりと立つ。先生も夫人も素知らぬ顔。
 [略]
 事情を知る人も、そうでない人にとっても、昭和二十年代は、まだ
 衝撃が残っていた。十四、五歳の舟子[注:秦早穂子]にとっては、
 男と女の、しかも作家同士の複雑な感情は理解できるはずもなく、
 むしろ、息を飲んでいる大の男たちの反応を冷やかに見ていた。>
(p83~84)

      (秦早穂子『影の部分 La Part de l'Ombre』
     リトルモア 2012初 帯 J)





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by byogakudo | 2016-07-19 15:25 | 読書ノート | Comments(0)


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