猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2016年 07月 21日

岡本綺堂『女魔術師』読了

e0030187_222238.jpg












 "傑作情話集"という副題つきだ。半七のようなシリーズ・キャラクタ
が登場しない一作ずつの中短篇集だが、『怪談一夜草紙』なぞ『青蛙堂
鬼談』の趣きだし、『磯部のやどり』は半七が語ってもおかしくない話
である。どれもうっすらした推理風味で、淡々と綴られる。

 最初と最後に、中篇の『海賊船』と『女魔術師』が収められる。前者が
大正8(1919)年、後者が大正6(1917)年の刊行で、どちらも少女が自立的な
大人に成長する物語なので、これらは岡本綺堂のフェミニズム小説なのかと
勘違いしそうだ。

 ただ、半七が始まったのが1916年。もうロシア革命も近い。
 強く意志的な女というと、半七が手がける事件では大坂屋花鳥の
ような悪女になるが、『海賊船』や『女魔術師』では倫理的だったり、
義侠肌になる。正義派だ。

 『海賊船』のヒロイン・お末(すえ)は足軽の親を失い、百二十石取り
の侍・戸崎新久郎(とざき しんくろう)の家に女中として引き取られた。
主人が改易になり、四国から大阪へ向かうとき、ただひとりつき従うが、
お末(17歳)と主人の娘ふたり(15歳と11歳)は海賊にかどわかされる。
 責任感の強いお末は、ふたりを救い出して主人夫婦の元にお届けする
のが自分の役目だと確信して、幾多の冒険を経る。

 お末は幕末の忠義の少女だが、『女魔術師』の東洋斎小虎(とうようさい
ことら)は明治の少女、よりしたたかに意志的に生きる。彼女も親兄弟に
縁がない、天涯孤独の身である。
 東洋斎虎楠(とらくす)一座に拾われ、軽業師となり、美貌と才能と度胸
とで人気を博す。虎楠の急死によって、一座を率いることになるが、彼女
より若い支那人(彼も孤児だった)を可愛がっていることについて、一座
の男どもが嫉視して座中が落ち着かないと、番頭格の国蔵から注意されると
__

< 「つまり先の座長がいなくなったんで、みんなが妾を馬鹿にすると
 いうんですね。」
 [略]
  「そんなに面倒なら、いっそもう解散してしまった方がいい。」
 [略] 
  国蔵が自分に注意を与えてくれたのは、決して悪意(わるぎ)でない
 ことは小虎にも判っていた。しかし「先の座長がいなくなったから」
 というような詞を聴かされる度に、小虎は自分がみんなから侮(あなど)
 られているような一種の不満と不快とを誘い出されて、いつもの反抗心
 が渦巻いて起こるのを堪えることができなかった。
  「忌(いや)なら止(よ)せ。」
  彼女はどうしてもこう云いたかった。彼女は国蔵が云うような穏和
 (おだやか)な意見に従う気にはなれなかった。これでも自分では十分に
 遠慮も気兼ねもしているつもりであるのに、一座の者はまだまだそれを
 不足らしく思って、他(ひと)のすることに何とか彼(か)とか批(ひ)を打つ
 のは、一体彼らが跋扈(のさばり)過ぎるのであると、彼女は癪(しゃく)に
 障(さわ)ってならなかった。忌ならみんな揃(そろ)って出て行くがいい。>
(p266~267)
__仕事を持つモダーンガールの思いが発露される。

     (岡本綺堂『傑作情話集 女魔術師』
     光文社文庫 2015初 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2016-07-21 22:50 | 読書ノート | Comments(0)


<< 歩けなくて      大塚へ行ったのだろうか?(セル... >>