猫額洞の日々

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2016年 07月 27日

アンドリュー・ヴァクス/佐々田雅子 訳『ゼロの誘(いざな)い』読了

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 バークはまだ『サクリファイス』の事故のショックから立ち直りきって
いない。性的虐待を受けている子どもを救おうとしてアジトを襲撃した
のに、銃撃戦の中で肝心の子どもが殺されてしまう。
 自身も負傷した。怪我は癒え、昔の知り合いからの頼まれ仕事に、
コネティカットの高級住宅地に赴く。仕事の内容がどうも漠然として
いるが、なんとか輪郭だけでも得ようと、あちこちをつつく、うつろな
心のまま。

 バークの内省を語りながら、少しずつ物語が進行するが、なんだか長い。
バーク・シリーズはどれも、いささか長過ぎるように思えるが、これは映画が
90分で描ききれず120分を超えるのが普通になった状況と、似たような事情
なのだろうか。(?)
 エンタテインメントのコードに載っけて児童虐待について語ろうと始めた
シリーズであっても、書いているうちに、主人公の内面に立ち入らない訳には
行かなくなったのか。(でも、バークの外見は、わたしの見落としでなければ
描かれてなく、いつも内的独白者みたような描かれ方だけれど。)
 ハードボイルドって、主人公やできごとの外形だけを記述しようとする試み
ではなかったっけ、その余白に何事かを浮かび上がらせるような?

 日々の暮らしに困ったことはないけれど、高級住宅地にはそれなりの退屈と
鬱屈があり、それらを吹き飛ばすための行動様式が発生する。あるいはテニス、
乗馬、パーティ、そして秘密のSM組織。お金のためにではなく、倦怠を忘れる
ためのセックス機構だ。
 マレビトであるバークの訪れにより、口にされることのなかった漠然とした
いやな空気、高級住宅地を覆い包んだ瘴気が払われる。SMの女王は、ありふれた
普通のセックスができるようになり、自信も将来の目標も失っていた少年は、カー
レーサーとしての才能に目覚め、瘴気の素であった悪は、最終的に自滅する。
 父性としてふるまうことで、バークもまた再生する。与えることは与えられる
ことなのだ。

     (アンドリュー・ヴァクス/佐々田雅子 訳『ゼロの誘(いざな)い』
     ハヤカワ文庫 1999初 J)





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by byogakudo | 2016-07-27 21:01 | 読書ノート | Comments(0)


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