2016年 08月 10日

常盤新平『雨あがりの街』再読・読了

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 写真は、おとといの元浅草で。

 2011年 07月 18日に読んでいるが、再読してみると、5年の後、
自分が老いてきたのが感じられる。しみじみするのだ。常盤さんが
亡くなられた(2013年)こともあるかもしれないが。

 ときどき出てくる、常盤氏のお嬢さんに対する思いが、読んでいて、
いいなあと思う。

 つい最近まで小学生だった少女が、気がつくと高校生になっている。
16歳、17歳、18歳。子どもっぽさ、頼りなさを残しながら、少しずつ
大人の女性になろうとする意志を見せる。親は、母親にしてもそうだが、
とくに父親は、黙って見守るしかないのだ。父親は何も言わないけれど
何かあったら、いつでも手を差し伸べてくれると、娘は知っているし、
父もまたそれを知っている。互いに口にはしないが。

娘は父親の意見に従わないだろう。父親のほうもめったに小言を
言わなくなる。なにしろ、仕事が忙しいし、つきあいがあるしで、
娘と口をきく時間がない。
 これが、娘がいるということなのか、と父親が考えるときがある。
一日一日と、彼女が他人になっていくような気持を父親は抱く。TV
のホームドラマの場合は、父と娘のあいだに、もっと「ふれあい」が
あったなあ、と父親はちょっぴり羨ましく思う。けれども彼は「ふれ
あい」という言葉が大嫌いである。父と娘のあいだに、そんなものが
あってたまるかという決然たる思いもある。(p278『誕生日の贈物』)


(常盤新平『雨あがりの街』文春文庫 1986初 J)





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by byogakudo | 2016-08-10 19:26 | 読書ノート | Comments(0)


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