2016年 08月 26日

日下三蔵 編『怪奇探偵小説名作選4 佐藤春夫集 夢を築く人々』を少し

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 これは一気に読まず、ぽつぽつ読みになりそうだ。まだ、『西班牙犬
の家』『指紋』を再読、『指紋』の続編『月かげ』を読んだだけ。

 平凡社ライブラリー版を読んだ7月15日にも感じたが、佐藤春夫の
文体の粘っこさが、むかし、新潮文庫の『昭和ミステリー大全集 上』
で『指紋』を初めて読んだときに、気にならなかったのはなぜだろう?

 むかしはストーリーにすぐ乗っかれて、そのまま小説世界を漫遊できる
体質だったから? いまでは、脳の水分量低下(脳のミイラ化)が進行して
物語の中にもぐり込んで一体化する能力が失われ、もっぱら小説の構造を
面白がる方向にしか脳が向かわなくなったのだろうか?

 かわいそうに、とも思うけれど、まだ別方面で面白がれるのなら十分だ。

 『昭和ミステリー大全集 上』 (1991初)はセレクトがほんとに楽しかった。
あれで渡辺温や地味井平造を知ったのだった。
 しかし、いま読むと活字が小さくて苦痛、とか言い出しそう...。ちくま
文庫版(2002初)のこれも、一冊に収めるための処理__天地左右の余白
を切り詰めてある__が辛い。

 『指紋』や『月かげ』は、映画が20世紀の記述にどんなに影響したかを
示す例でもあるだろう。映画で見る指紋のクロースアップや、阿片窟で
知っていた映画俳優が出てくることではなく、記述が映像的であることだ。

 『指紋』の話者"佐藤君"の友人、R・Nの映画論__
<彼は活動写真を芸術の最も新しい立派な一様式だ、そうして科学が
 芸術に向って直接寄与した唯一のものである、それは白日夢の喜びを
 最も確実に実現した、一個の別世界をわれわれの前に啓示し、開展した。
 と断言した。>(p29)

__この理論の実践的記述が、『指紋』の続編にあたる『月かげ』では
ないかしら。
 月の光を浴びると、即座に水音を聴き、月と水とが切り離せない存在に
なったきっかけが記される。

 阿片の見せる夢や幻覚であろう。霧が流れる満月の夜、天空を進む帆前船
(ほまえせん)を、(スクリーンである)窓から見上げる。反対側の窓に水音を
聴き、眼下に一面の水景を見る。
 先の窓の下からも別の水音がする。噴水のある水汲み場での若い男女の
ドラマを見る...。

 このできごと或いは阿片の夢は、R・Nが外国("西洋")で体験したこと、
であるかのようだ。R・Nが眠れぬ床から起き出して、カーテンを閉めない
窓から外を見る様子や眼前の風景の描写は、畳くさい記述ではない。
 しかし、水汲みの女の甕からこぼれる水の描写__

<その甕を上においた地面は水を吸いこんで黒ずんで見える。
 [略]
 甕の口から今こぼれ出た水の痕(あと)が、道を横切って、地に一条の
 黒い線を残す。>(p80~81)
__石畳ではない、鋪装されてない地面である。"西洋の"いなか町だと解釈
すれば地面でもいいけれど、これもまた、木造モルタルの王国で夢見られた
西洋のヴィジョンではないかしら。
 遠く離れた日本で夢見られた、西洋への憧れ。

     (日下三蔵 編『怪奇探偵小説名作選4 佐藤春夫集 夢を築く人々』
     ちくま文庫 2002初 J)

9月8日に続く~





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by byogakudo | 2016-08-26 17:21 | 読書ノート | Comments(0)


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