2016年 08月 27日

シーリア・フレムリン/押田由起 訳『夜明け前の時』1/4

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 きれいな名前だなあ、女性ミステリ作家の中でいちばんきれいな響きだ、
(Ngaio Marsh とどっちだろう?)と感心した覚えのある Celia Fremlin だが、
読むのは初めて。
 サスペンスというジャンルがあまり得意ではないので読まなかったのかしら?
追いつめられて行くヒロインの恐怖と苦痛に、深刻なタッチで同調させようと
する作者の手つきが(アイリッシュとか)めんどくさくて、途中でやめることが
何度かあり、サスペンスものはちょっと、と敬遠してきたのだろう。

 『夜明け前の時』は子育てドタバタ喜劇風味なので、サスペンス=面倒・説に、
いまのところ、なってない。そのうち、じわじわ恐怖感が全面を占めるのかも
しれないが。

 夜泣きする乳飲み子(男の子)のために夜中と明け方には朦朧と起きて授乳
しなければならず、ヒロインは慢性的睡眠不足だ。昼間はさらに、娘ふたりの
お喋りや騒ぎに巻き込まれ、家事は永遠に片づく気配がない。仕事から戻って
きた夫は子どもや赤ん坊の引き起こす騒ぎをうるさがるだけで、何も手伝わない。
 1958年原作刊。この頃のイギリスの男には遺憾ながら、妻とともに子育てする
思想はなかったようである。

 そんな喧しい一家の屋根裏部屋を借りる女性(あまり若くない)が出てくる。
まだちらほらとしか出てこないが、ヒロインもそのママ友(断ることの苦手な
ヒロインは彼女たちから赤ん坊を預けられたり、上がり込まれて長っ尻されたり
している)も、間借り人に何となく既視感を抱くが、誰だったかなぜなのか、
思い出せない。
 その間借り人はじつは、という話であろうが、しかし、このヒューマーある筆致
(子育て自虐史観タッチ、とでも言おうか)から推測するに、間借り人は赤い鰊で、
まるで違う方面に着地しそうな気もする。

     (シーリア・フレムリン/押田由起 訳『夜明け前の時』
     創元推理文庫1993年3版 J)

8月29日に続く~



 憲法改悪(改憲)勢力が2/3を占拠したことだし、TV局はおとなしく政権側の
言い分のみ放送するようになった。では、またそろそろ”共謀罪”を新しい名前で
出してみようか、という安倍晋三どもである。本の外の"現実"と称される世界の
ほうが、よっぽどサスペンスフルだ。

 8月27日付け東京新聞・夕刊、6面『詩歌への招待 戦争と平和』特集に、
『隣組』というタイトルの永田和宏の短歌があった。
 歌の背景は、

< 地域の自治会の班長という役が回ってきた。やってみて実感することは、
 自治会は可能性としてはとても怖い組織だということ。上部から降ろされて
 くる情報は漏れなく全戸に伝え、これは不要だろうなどと言える雰囲気がない。
 上意下達の世界である。しかし地域の為(ため)にという旗印のもと、こういう
 善意からなされる行為に意を唱えることは、権力にノンを突きつける以上に
 難しい。隣組は決して過去の遺物ではないのだ。>

<公園掃除の通知と一緒に配られるだらうたとへば緊急事態宣言>
<権力よりはるかに怖い ご近所のいい人たちのさりげなき視線>
<統制もまた摘発も善良なる隣組なら任せておけよう>

 
 永田和宏の左側にある、鳴門奈菜の俳句の背景は、

< 「戦争が廊下の奥に立つてゐた」という句は渡邊白泉の作。>
と始まる。





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by byogakudo | 2016-08-27 18:38 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2016-08-27 21:26
東京五輪招致の署名がとんとんとんがらりでやってきて、嫌だといったらびっくりされたという友人がいます。
一番恐ろしいですね。
Commented by byogakudo at 2016-08-27 22:17
ソフトな同調圧力っていうのが、日本のお家芸です。
いい人たちの無自覚な無思慮さが蔓延して、異論を
唱える者は包囲されます。
和なんぞ、くたばってしまえと、くたばり損ないが
悲鳴を上げる...。


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