猫額洞の日々

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2016年 08月 29日

シーリア・フレムリン/押田由起 訳『夜明け前の時』読了

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~8月27日より続く

 謎めいた間借り人は赤い鰊ではないかしらと、期待を込めて
推測したが、見当は外れ、真っ当に間借り人の謎が解明された。
だからといって残念ではなく、とても巧いフェミニズム・ミステリ!

 1992年に初訳されたときに読んだとしても面白がれただろうが、
女も家庭外で働け__仕事もないのに?__、次世代の労働者/
消費者/納税者を再生産しろ__生んだ後の育児や家事労働は誰が
担うの?__、二重に二律背反する要望を政権から押しつけられる、
現役の子育て世代の女性や男性がいま読んだとしたら、あまりの
アクチュアリテに、物語を楽しむどころではなくなるかもしれない。
 ひとごとじゃないのだ。子どもを再生産したことのないわたしが
読んでも、ヒロイン・ルイーズの、常に片づかない用事に追われて
焦燥、絶望するありさまに、共感するばかりだ。

< まだ誰も起きてはいないようだ。ルイーズ・ヘンダースンという
 母親ロボットの作動ボタンを押しでもしたように、機械的に赤ん坊を
 ベビーベッドから抱きあげて、階下の洗い場へ降りていった。>(p174)

__夜泣きする赤ん坊の寝室の真上に間借り人の部屋があるので、
ヒロインは夜中の二時に起きて、寒々しい洗濯場で授乳する。

 ヒューマーたっぷり、自意識いっぱいに、ヒロインの視点で綴る
ファミリー/サスペンス/アクション・ミステリの白眉!__という
惹句では物語を要約したことにならないか?

 頼まれ事を断るのが下手、子どもたちがうるさいと、隣人からいつも
文句を言われっぱなしのヒロインは__

< もしいまミセス・フィリップスに、「ええ、そりゃそうでしょうね」と
 言い放つなり、さっさと庭先の小道を歩いていってしまったら、どんな
 ことになるだろうとルイーズは考えた。人づきあいを避ける主義の人たち
 はそうするのだろうか。
 [略]
 郊外居住生活の技巧家たち__殺人や自殺や強姦に直面しても、人づきあいを
 避ける主義を守りとおすことに成功しているヒロインたち__を、ルイーズは
 うらやましく思った。その不毛の技術を完成させるためには、何年もの研究と
 修練が必要なのだろうか。それとも、生まれながら身にそなわったものなのか。
 言葉も交わさずにミセス・フィリップスの横を通りすぎるために必要な__
 ライオンの群れのなかを行く預言者ダニエルのように、無傷で自宅の前庭を
 通りぬけるために必要な__冷ややかな特質は、単なる天賦の才にすぎない
 のだろうか。
  「すみません、フィリップスさん」とルイーズはあわてて言った。「ちょっと
 出かけていたものですから。[略]」>(p235~236)

 全編、こういう感じで語り進む。家庭生活はほんとに冒険的なのである。
 
     (シーリア・フレムリン/押田由起 訳『夜明け前の時』
     創元推理文庫1993年3版 J)





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by byogakudo | 2016-08-29 21:55 | 読書ノート | Comments(0)


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