2016年 09月 04日

広岡敬一『ちろりん村顛末記』読了

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 写真は女子美の裏庭で会った猫。風格があった。

~2014年6月8日より多少続く

 "雄琴"で検索するのと"雄琴温泉"検索では説明がちがってくるが、
『ちろりん村顛末記』は今でいうソープランドが"トルコ風呂"と総称
されていた時期の性風俗レポートだ。戦後の経済成長期のエネルギー
と呼応するかのように、田園地帯の一郭に一大性産業地帯ができる。

 ハードとしてのソープランド・ビル(さまざまな異国風の意匠を凝らす)
以外に、性産業従事者とその家族(ヒモ)のための集合住宅やレストラン
その他の施設が続々と作られ、俗称「ちろりん村」ができあがった1973年
ころの記録である。村の歴史、経営者側への聞き取り、それぞれの事情を
抱えて(あるいは、あっけらかんとお金のために)、精神的にはストレスが
溜まりやすく、肉体的には過酷な労働である性産業に従事する女性たちへの
インタヴュー、などで構成される。

 広岡敬一は、戦中は陸軍特攻隊写真班員として、死に赴く特攻隊員たち
の写真を撮っていた。敗戦後は内地に戻り、吉原で赤線の女性たちが何か
うれしいことがあって、ハレがましい記念としての写真が欲しいときに頼む、
流しの写真師をする。その後は風俗ライターとして活躍。

< 過酷な労働__。[略]うかつにも、コトが済んでから、それを口にして
 しまった。吉原でなかの人間だったころの顔をのぞかせてしまったのかも
 しれない。ことさらにではなかったのだが、取材する相手を知らないうちに
 ねぎらっていたようだ。
  「お客さん、キザよ、そんなこといってもてるわけじゃないのだから」
  トルコ嬢に指摘されて気がつくという体(てい)たらく。それほど彼女の
 サービスに動顛していたのだ。
 [略]
 私は記者である身分を明かし、むかし吉原でなかの部類に入る人間だった
 ことも彼女に説明した。
  「動機も意識もむかしのお女郎さんとトルコ嬢は違うけど、同情はイヤよ。
 ことにお女郎さんのように、泣きながらこの仕事をやってるわけじゃないの
 だから、気分がどっちらけになるの」
 [略]
 「要するに、ちょっと運が悪かった、という程度のことね」、そんないいかた
 をする者もいた。夫やヒモの喰い物にされている例はすくなくないが、それ
 でもトルコ風呂を苦界とは感じないらしい。だから、吉原の花魁が見せる
 一般社会からの同情に対する反発と、トルコ嬢のそれとは内容的に大きな
 差があった。>(p16~17『琵琶湖の蜃気楼』)

 この意識の差は、性意識の変化によるものだろう。性に対する意識はその後
さらにカジュアルになり、アダルト・ヴィデオや風俗産業出身のスター(!)が
週刊誌の見出しを飾ったりする現在に至る。性産業出身が隠すべき過去でなく
なったとはいえ、彼女たちが傷ついていないとは考えられないことであるが。

 単行本で再読してみて、広岡敬一の視線の優しさ、繊細さが、やっぱりきれいだ。
しかし、急いで原稿を書いたからかもしれないが、トルコ嬢の語り口の生硬さが、
再読で気になる。
 <動機も意識も>という言葉遣いは、地の文章ならともかく、インタヴュー・ノート
を整理し過ぎて出てくる書き言葉、ではないだろうか。

     (広岡敬一『ちろりん村顛末記』 朝日新聞社 1980初 帯 J)





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by byogakudo | 2016-09-04 21:30 | 読書ノート | Comments(0)


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