猫額洞の日々

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2016年 09月 29日

(1)桜井哲夫『「戦間期」の思想家たち レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』も読み始める

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 写真は初めて行った(?)ころの下谷神社・映り込み。

 新書版のサイズだと記述が骨と皮だけになることがあって、
この本もそのきらいがあるけれど、面白そうな人たちが若い
頃どんな関係に在ったのかが分かるであろうと読み始めた。

 知らない名前の海に溺れそうになりながら、聞き覚えのある
名前を浮き輪に使って少しずつ読む。

 『第2章  レヴィ=ストロースと「建設的革命」』より__

 17歳のレヴィ=ストロースの「ベルギー労働党の組織」
というレポートによれば、
< フランス社会党(SFIO)は、あまりにも政治活動のみに
 偏りすぎた政党だと批判されるが、ベルギー労働党は、
 これに対して何よりも経済面に重きを置いた政党である。
 様々な政治的グループ以外に、生活協同組合、労働組合、
 共済組合が含まれていて、労働党の指導部でもこれらの
 組織出身者が多数派を構成している。それでなおかつ、
 彼らは、自分たちを社会主義者だと公言しているのだ[略]。>
(P53)

< リュシアン・エル(一八六四-一九二六)は「出世の拒否」
 という信条にしたがって身分的にはその生涯の大半を高等
 師範学校の図書館司書として過ごしたが、彼は高等師範学校
 の伝説的人物であった。>(p66)

 "出世の拒否"。すてき。
 癌に冒されたリュシアン・エル(初めて聞く名前)はマルセル・
デア(こちらも初めて)を後継者・候補と考えていたようだが、
1926年春に死去。

< デアは、すでに高等師範を去り、一九二六年二月の選挙で、
 マルヌ県選出の社会党議員となっていた。エルの葬儀の際に、
 デアが、こののちブルムらと激しく対立し、一九三〇年代に
 入って、フランス国社会党なる国家社会主義政党をたちあげ、
 ついにはナチス占領下の傀儡ヴィシー政府の首脳となり、戦後
 欠席裁判で死刑判決を受けることになるだろうとは、誰が予想
 できただろうか。>(p72)

 ひとりのひとが極右から極左へと振幅する。このクロス状況が、
いまいち分からない。

     (桜井哲夫『「戦間期」の思想家たち レヴィ=ストロース・
     ブルトン・バタイユ』 平凡社新書 2004初 帯 J)

10月3日に続く~





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by byogakudo | 2016-09-29 20:38 | 読書ノート | Comments(0)


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