2016年 10月 03日

(2)桜井哲夫『「戦間期」の思想家たち レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』半分強

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 写真は銀座で見かけた稲束のインスタレーション(?)。

~9月29日より続く

 『第2章 レヴィ=ストロースと「建設的革命」』の『アンリ・ド・マン
の招聘』からも引用。(漢数字は洋数字に変更した。)

 アンリ(ヘンドリック)・ド・マン(1885-1953)は、
<ベルギー政府からの派遣で、ロシア革命後のロシアとアメリカ合衆国への
 調査を終えたあと書いた『戦争の教訓』(1920年)のなかで、デモクラシー
 なき社会主義のロシアを批判して、独裁的社会主義は、ツァーリ(ロシア
 皇帝)の独裁制のレプリカ(複製)だと論じた。>(p77)

 つまり、政治と経済が縁戚関係の絆で強化され、日本会議派に議会が乗っ
取られ、マスメディアが息をひそめ、デモクラシーが機能していない21世紀
の日本もまた、
<ツァーリ(ロシア皇帝)の独裁制のレプリカ(複製)だ>。

 レヴィ=ストロースはド・マンに惹かれ、
<1931年に創刊された雑誌『プラン』を読み、[略]ル・コルビュジエの
 「輝く都市」構想[略]にひかれ、労働者たちにピカソについて解説しよう
 と考えていた。
 [略]
  「社会主義は、完全なものになるためには、政治経済の領域と同じくらいに
 精神の領域にみずからの場所をもとめなければならない。......豊かな、新しい
 美的なあり方こそ、労働組合の要求と同じ重さを持った革命的な内容なのだ」。
 [略]
 セリーヌについて次のように論ずる[略]。
  「もちろん、ルイ・フェルディナン・セリーヌをわれわれの仲間に加える
などというのはばかげている。しかし、われわれは、確かにわれわれの陣営の
なかでではないが、少なくとも共通の敵が居座っている前線からも遠く離れて
いるところで生まれたこの作品に出会ったことを誇りに思う」。
 [略]
 レヴィ=ストロースは、当時の自分の立場について、ロシア革命直後の
 前衛芸術運動の作家のような立場にいたのだ、と説明している。[略]>
(p81-82)

     (桜井哲夫『「戦間期」の思想家たち レヴィ=ストロース・
     ブルトン・バタイユ』 平凡社新書 2004初 帯 J) 

10月4日に続く~





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by byogakudo | 2016-10-03 14:00 | 読書ノート | Comments(0)


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