猫額洞の日々

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2016年 10月 21日

立教大学池袋図書館を見学(2016/10/20)

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 調香師 L はグラフィック・デザイナでもある。この数年、S の
撮った写真を表紙に使って、立教大学 学校・社会教育講座の冊子
『司書』の装幀をしている。
 昨午後、L とS にくっついて、立教大学の新しい方の図書館見学
に伺った。

 立教に行くのも初めてだ。古い煉瓦の建物(屋根は日本瓦葺き!)
に合わせて、新しい校舎の色や材質が吟味してある。次々と建物が
現れるが、違和感や敷地の狭さをあまり感じさせない。よく手入れ
された庭園とともに、むしろ、学び舎の空気を強める。

 立教大学池袋図書館入口で資料をいただき、レクチャーを受ける。
エントランスに掲げられたギリシャ語「グノーティ・セアウトン」は、
「汝 自身を知れ」の意味だそうだ。知識を得ること、学ぶことの
要諦だろう。

 プレキャストコンクリートの天井兼床には、船底をさかさにした型の
凹みがあり、照明器具と音響設備があらかじめ組み込まれているとの
ことだ。地上3階、地下2階の図書館内は、落ち着いた照明にくるまれる。
 眩しくない、そして十分な光量だ。各階毎に色調を変えて敷きつめられる、
シックな幾何学模様のカーペットも、目に快い。
 空調のセッティングの微妙なこと!(昨日は夏日だった。)

 書架の本は、当然、ジャケットを剥かれ、背表紙に図書館の分類ラベルが
貼られているけれど、区立図書館なぞと違って、ヴィニルで窒息させられて
いない。利用する学生たちが汚さずに読むのが前提であり、常識になって
いるのだろうか。

 蓋付きの飲み物なら持ち込み可能、という。一日中でもいられる(平日は
8:45~22:30まで)ような図書館のつくりなので、デスクを前にしない、
ゆっくりした椅子のあるスペースやテラスがある。

 図書館に静寂はつきものだが、フロアの端には、声を出してプレゼン
テーションの練習をするときなぞに使える、防音スペースがある。全館で
パソコン使用可能(貸出パソコンあり)だが、コンセントのないコーナー
もある。タッチ音のしない、本を読むだけの空間だ。

 視聴覚コーナーの、一人ずつ衝立に囲まれたつくりとか、どこも余裕の
ある、隣が気にならない空間構成である。
 2015年度の図書館開館日数329日、入館者合計1.228.574人、貸出冊数
225.106冊という数字も当然だろう。

 いまの時代、どんなところであれ、コンピュータで管理される。閉架式図書は
昔は人手に頼ったが、いまやオートメーションの工場みたいな風景になる。

 地下に案内された。2階分ありそうな空間に本棚が林立する。コンピュータ
からの指令を受けて、はしご状の機械が目的の棚に近づく。指示された本が
入ったコンテナに接続して箱を引き出し、ローラーに乗せ、コンテナは指示の
あった階に運ばれる、という自動書庫システムだ。

 地下には二重の扉に護られた貴重書の倉庫もある。
 靴をスリッパに履き替える。ロックを解除された最初の入口で、服を叩いて
埃を落とす。銀行の金庫室みたような第二の扉が開けられる。白木の壁と床
によってもさらに調湿された空間には...。
 立教大学のお隣、江戸川乱歩邸の土蔵から引越してきた(寄贈された)
資料の中に、「野郎かるた」とラベリングされた箱を見たときには、思わず
開けたくなって踏みとどまる。

 贅沢な見学ツアーに心からの感謝を捧げたい。

[同日追記:
 貴重書の書庫がもし火災に見舞われたとする。中にひとがいたら、
彼/彼女は2時間で窒息死するが、本は無事に残る。すばらしい。]


 図書館や校内を歩きながら、"孤島"という言葉が浮かぶ。ここがミッション
スクールであるから、かもしれない。
 明治のころ、築地明石町に孤立して/させられて在った宣教師の私塾が、
池袋という遠隔地へ移る。戦後のざわついた風潮にも侵されず、逆に鐘の音
とともに街に浸潤していく、孤立して開かれた島。
 修道院や図書館、大学とは、そういう輪郭線をもつ在り方ではないか。





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by byogakudo | 2016-10-21 20:35 | 雑録 | Comments(0)


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