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猫額洞の日々

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2016年 10月 26日

森茉莉付近(45)/(3)辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』読了

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 写真は16日(日)、善福寺の犬。建物が道路より下にあり、60年代頃
のお家かと眺めるともなく見ていたら、ふうっと現れた。吠えもせず、
ただ、どなたですか、みたいに登場して、金網越しに触れるほど近づいて
きた。なつかしくなるような犬。

~10月24日より続く

 『書狼書豚』より引用。
<書物でも珍本、稀覯書、豪華版と来ると、こいつは多きを惧れ、
 少ければ少いほど所有者は鼻を高くする。斯ういう病が高じると、
 世界に二冊しかない珍本を二冊とも買取って一冊は焼捨ててしまわ
 ねば気がすまなくなって来る。親友山田珠樹、鈴木信太郎の両君が
 正に此種の天狗のカテゴリイに属する豪の者である。彼等の言い草に
 依ると、「あれほど味の佳い秋刀魚や鰯が、あり余るほど漁(と)れて、
 安価(やす)いのが、そもそも怪しからん」のだそうである。
 [略]
  鈴木信太郎君は嘗て僕を「豪華版の醍醐味を解せぬ東夷西戎
 南蛮北狄の如き奴」と極めつけた。山田珠樹君は先頃たまたま、
 「彼は本は読めればよし酒は飲めればよし、といった外道である」
 と、全(まる)で僕を年中濁酒(どぶろく)を飲みながら、普及版
 ばかり読んでいる書狼(ビブリオ・ルウ)扱いにした。
 [略]
 二昔以前に遡って、未だ両君が型のくずれぬ角帽を頂いていた
 秀才時代から、次第に書癖が高じて、やがて書痴となり書狂となり
 遂に今日の書豚(ビブリオ・コッション)と成り果てた因果に想い到る
 と、僕にも多少の責任が無くはない。そもそも両君が一日僕を訪れて、
 書斎の書架に気を付けの姿勢で列んでいた仏蘭西の群書を一目見てから
 の事で、[略]ふらふらと病みついたのであった。その後僅か数年の間に、
 僕の蔵書数は山田君に追越され、鈴木君に追抜かれ、今では僕もつくづく、
 後の雁が先になる悲哀を楽しむ境に残された。>(p166-167)

<蔵書の数に於いては、山田君に一日の長があり、豪華版の多種な点では、
 何と言っても鈴木君に指を屈せざるを得ない。山田君の好んで蒐めている
 のは、仏蘭西小説とそれに関する文献であるが、鈴木君のは仏蘭西詩歌
 殊に象徴詩とその文献で、全く見事なコレクションである。加之、両君の
 書斎が又愛書家にふさわしい洵に立派なものである。>(p169)

< 数年前、僕は九州大学の成瀬教授から一本を贈られた事がある。
 書名は『ポン・ヌッフ橋畔、シラノ・ド・ベルジュラックと野師ブリオシエ
 の猿との決闘』というものである。
 [略]
 之は非常な稀覯書で、而も扉の見返には近代の愛書家四名の書蔵票(エキス・
 リブリス)が連貼してある。シャルル・ノディエ、ジュウル・ルナアル、
 エドワアル・ムウラ、及びド・フルウリイ男爵の蔵書票なのである。
 [略]
  此の『シラノ猿猴格闘録』は小型の渋い美装本であるが、[略]少々心配に
 なって来た。握持慾だけ旺盛で、保存慾の希薄な僕が、もし此の珍書を失くす
 ような事があったら、それこそ一大事だと思った。
  数日後、山田、鈴木両君に会って、此の奇書の話をすると、両君の目の色が
 見る見る変って来た。[略]どうせ俺には保存慾はないのだから、欲しければ
 与(や)ってもいいよ、と軽く言って見た。二人は欲しいとも何とも言わずに、
 唯うむと唸っただけであった。その後更に数日を経てから改めて図書館に
 山田君を訪ねた。すると、虫が知らせたとでもいうのだろう。その席に偶然
 鈴木君も来ているのだ。僕は二人の顔を見比べてつとめて冷静を装いながら、
 例の珍本を取り出して、先日話した本は実は是なんだがねと、独言のように
 言って、この本を卓の上に抛り出した。すると、その瞬間に__全く打てば響く
 と言うか、電光のような速さで鈴木君が、
  __ありがとう! と呶鳴った。
  見ると、山田君はたゞ飽気に取られて、
  __早えなあ! と言ったまま、眼を白黒させている。>(p170-172)

<エドゥワアル・フウルニエが著した『史的文学的雑録』(一八五五年)
 という書物がある。
 [略]
 第一巻に『シラノ猿猴格闘録』が収められてその解説が施されている。
 それに拠ると本書の初版は全く湮滅(いんめつ)した、刊行年代は一六
 五五年前後らしいと言われている。一七〇四年の再版が唯一冊残存して
 いたのが、シャルル・ノディエの有に帰し、後にそれがルウ・ド・ランシイと
 いう男の手に渡り、此のド・ランシイ君から借用して茲に翻刻した、と断って
 あるそうである。
  鈴木君の御託宣に依ると、本書は世界に一冊しかなく、而も、その所有者
 が夫子自らに他ならぬと言うわけなのである。
 [略]
  若し火事が起って君の蔵書を悉く焼き尽したら君は一体どうする、と僕は
 嘗て鈴木君に冗談半分に訊ねて見た。すると鈴木君は、その時弁慶すこしも
 騒がず、泰然自若として答えた。
  __必ず発狂して見せる。
                                                              (昭和七年秋)>(p172-174)

 その後、戦争があった。日本中、あちこちが戦火に襲われた。

     (辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』 中公文庫 2015初 J)
 





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by byogakudo | 2016-10-26 22:09 | 森茉莉 | Comments(0)


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