猫額洞の日々

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2016年 11月 23日

(1)獅子文六『コーヒーと恋愛』再読(?)中

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 写真は、昨日の上野公園〜藝大の途中で。
 上野駅から公園を通って藝大へ行ったが、駅からの距離が
かなりある。帰りも同じコースを取ったが、脚がつりそう。
 不忍池を含む上野公園〜藝大地域が、すべて寛永寺だった
と気がついて、やっと昔読んだ、江戸の土地の大部分は寺社と
大名屋敷が占め、残りの土地に町人たちがせせこましく暮して
いたという記述が実感できた。

 江戸ゾーンの西は、新宿大木戸くらいまでだ。『半七捕物帳』
で、半七が神田から青山まで出張ったとき、そば屋に入ると、
江戸のお方の口には合いますまいが、だったか、そんな台詞を
青山のそば屋が発する。
 江戸は15区当時の東京よりも、ずうっと狭い。そんな狭い土地
の大半が寺社と大名屋敷だから、東京のウサギ小屋生活の歴史は、
江戸以来の伝統にも添う。江戸時代の町人が住まう長屋は、横に
つながっているが、当節のわたしたちの多くは、マンションと
呼ばれる、縦横がつながる長屋に住み、税金まで払っている。
 なんてことだ!


 『コーヒーと恋愛』は、たぶん古本屋を始めて間もないころ、
角川文庫版で読んだような気がするけれど、読んでなかった? 
 21世紀に入ってから読んだ本の記憶は、まず無いと思った方が
早い。熱読した本でさえ、ほとんどが「すばらしい!」という記憶
だけで、どんな話かと聞かれても答えられない。これでも"記憶"と
言っていいのだろうか?

 1962(昭和37)年から'63(昭和38)年まで読売新聞に連載された、
風俗小説だ。

 ヒロインは、新劇出身の地味な中年女優、坂井モエ子、43歳。親しみ
やすい存在感で、もっぱらTVドラマで重宝される。傍役系の売れっ子だ。
 娯楽小説(エンタテインメント)と純文学とが別々に在り、どんなに売行き
があろうと、前者は後者より価値が低い、低俗な読物と見なされていた時代
なので、演劇に於いても、新劇界>映画界>TV界というヒエラルキーが厳然
と在る。新劇出身のモエ子の価値観もそこから離れられない。8歳年下の
新劇の革新を求道する舞台装置家、塔之本勉(とうのもと・つとむ)と暮して
いる。正確に言うなら扶養しているのも、彼が彼女のように堕落(!)せず、
新劇一筋だからだ。
 
 彼女の才能はむしろ、コーヒーの淹れ方の巧さの方が優るかもしれない。
何も考えず、ただ淹れるだけだが、コーヒー道を究めようとする"日本可否会"
(天狗連だ)会長に、跡目を継ぐよう嘱望されるほど。
 塔之本勉の方は、コーヒーの味の識別が天才的である。これじゃまるで、
無意識的なストーリーテラーと、細緻な分析力と直感力に優れた批評家の
カップルみたいじゃないか。
 彼らの間に、やはり新劇出身の若いTVタレント志望の女優が絡んできて、
経済成長とともに大衆文化が広まる時代の、やっさもっさが始まる。

 '60年代以後、多くの家庭にTVが入り込み、TVに出演するタレントが
人気者になる。食事時には緑茶が飲まれ、紅茶も好まれるが、コーヒーが
愛飲されるようになったのは、この頃だったと思う。TVと同じ頃インスタント・
コーヒーが茶の間に入り込む。本格的なコーヒーは、全国の個人経営の喫茶店
で提供されるが、家庭でも自分で淹れてみようとする動きが出る。
 うちにもパーコレータが出現したが、数回試みた後、戸棚にしまい込まれた。
自宅でインスタントではないコーヒーを飲むようになったのは、1970年代より
あと(?)、ペーパーフィルターで淹れるやり方が普及してからではないかしら?

     (獅子文六『コーヒーと恋愛』 ちくま文庫 2015年10刷 J)

11月24日に続く~





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by byogakudo | 2016-11-23 19:14 | 読書ノート | Comments(0)


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