猫額洞の日々

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2016年 12月 12日

荷風も喜んだであろう「姻族関係終了届」

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 12月10日付け「東京新聞」夕刊に、
配偶者との死別後、その親きょうだいとの関係を
書類だけで解消する「姻族関係終了届」を出す人が増えている

という記事が出ていた。

 家族愛という美名の下に、自助努力という強制力でもって、介護に
要する人員と費用を、"嫁"という名の家庭内・無賃労働者にやらせて
おこうとする、自民党や日本会議の連中には許し難い法律であって、
すぐにでも廃止したいところだろうが、これは女だけではなく、もし
永井荷風が生きていたら、彼も歓迎する法律ではないだろうか。

 ヒトは遺伝子の運び手だから、自身に遺伝子を共通する親兄弟姉妹が
存在するのは避けられない。(それすら鬱陶しいと感じるのを公言すると、
人非人と呼ばれる。)

 だから自然条件としての親兄弟姉妹の存在は諦めて承認する。しかし、
ひとりの男と(女と)結婚すると同時に、相手方の親兄弟姉妹と姻族関係が
発生してしまうのは、話が違うじゃないか、とも言いたくなる、時がある。

 結婚相手は、あくまでも彼(彼女)であり、彼(彼女)の一族全員と結婚
したつもりも、する意志もないのに、特に家族制度の残滓にまみれやすい
女の側には苦痛を感じることが多い。だって未だにお墓には「○○家の墓」
と刻まれ、結婚式場の案内板には「○○家・××家結婚式場」と書いてある。

 たぶん民俗学や社会学の本を読めば、婚姻と私有財産の関係がもっと
はっきり解るかもしれないが、知識がなくても、"嫁"は婚家に新たに所属
する資産と見なされる存在であり、入り婿でない限り、"婿"は嫁の実家の
資産形成には直接的に関係しない、と思われる。
 ブルジョワジー同士の婚姻に於いては、相互に財産の補強力として働く
のであろうが。

 ひとりの女と結婚することによって、相手方の親戚が出入りするようになる
のを忌避する、荷風のような男が、かつて生きていた。荷風たったひとり、
(だった)かもしれないが、日本人の個人主義者がいた。

 結婚は、相手の一族全員と成す行為ではない。個人間の契約関係である。
まるきりの他者だから、相手を愛したのではないか。
 絆や軛や枷という強制力なしに、彼(彼女)と血縁関係にある他者を愛する
ためにも、「姻族関係終了届」の清々しさは、男女を問わず必要とされるの
ではないか。

 結婚は、彼(彼女)はわたしではない、というところから始まった関係だ。
自他の峻別なしに、相互の結びつきは発生しない。





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by byogakudo | 2016-12-12 20:51 | 雑録 | Comments(0)


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