猫額洞の日々

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2016年 12月 27日

(1)北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』も読む

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 1949年から1965年にかけて発表された短編を収録。
web検索したら、わたしは何冊か鮎川哲也を読んでいる。
検索しないと思いだせないのは、甚だ問題だが、忘れる
んだからしかたがない。
 今回も東京小説の楽しみ、風俗小説的興味から読む。

 1954年発表の『赤い密室』から__
< 伊藤ルイは、髪を長くたらしているので一層小さくみえるが、
 それを補おうとして踵のたかいキューバン・ヒールの真っ赤な
 オックスフォード・シューズをはいている。>(p87)
__キューバン・ヒールが分からなくて、これもweb検索。
オックスフォード・シューズも。
 重くて本棚の大部分を占める事典に頼らなくてすむ、便利な
時代だ。

 1956年発表の『達也が嗤う』は、
<ある年の日本探偵作家クラブの七月例会の席上で、余興の
 犯人当てゲームとして朗読されたもののテキスト>(p211)だが
(もちろん、わたしは謎が解けなかった)、登場人物のひとり、
江田島ミミの容貌描写を抜き書く。

<こってりと化粧をしてなかなか美しいが、どことなく気品がない。
 はねるようにひいた眉はふたむかし前にスクリーンで活躍した
 ディートリッヒ型であり、もり上るようにぬった唇はわかい頃の
 ダニエル・ダリュウに似ていた。なにかよせ集めのような化粧の
 仕方で、まるで個性がない。ミミは[略]とりとめのないことをよく
 喋った。話の内容は他愛のないことばかりだったが、コントラルト
 の声がジーン・アーサーに似て、ある種の魅力があった。>(p222)

 描写する代りに映画俳優や女優名を形容詞的に使うと、発表当時は
すぐ読者の理解が得られるが、日本のように文化的伝統を破棄する、
建築のみならずスクラップ・アンド・ビルドのやくざな上書き社会では、
少し時間が経つと、形容詞的に使われた人名は忘れ去られ、なんのこと
だか理解されなくなっていたが、ここでパソコンの時代が来た。

 知らないことはとにかく打ち込んで検索すると、今ならYou Tubeで
ジーン・アーサーの声だって聞けることだろう。しみじみ、便利な時代だ。
知ろうと思えば大抵のことに行きつく。

 但し、簡単に得られるので、忘れるのも簡単。重い事典を棚から降ろして
卓に置き、該当ページを開けて探し、手書きで必要箇所を書き抜く、という
肉体的行為を経ないと、頭はなかなか覚えてはくれないのだ。
__と、わかっちゃいるけれど、実態は、何度も何度も同じことを検索して、
そのうちどうやら、上書き的に覚えるであろう、という展開になる。

 
     (北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』
     創元推理文庫 1999初 J)

12月28日に続く~





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by byogakudo | 2016-12-27 22:03 | 読書ノート | Comments(0)


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