2016年 12月 28日

(2)北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』もう少し

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~12月27日より続く

 1957年発表の『誰の屍体か』から、地名の出てくる箇所を
抜き出す。だから、それがどうしたと聞かれそうな抜き書きに
なるが、わたしにとっては当時の東京を想像するよすがだから。

 捜査する刑事の足取りを辿る。
 銀座のアクタガワ画廊は、
< 彼は日比谷の交叉点をわたると真っ直ぐ数寄屋橋(すきやばし)
 をわたって尾張町(おわりちょう)に出た。左にまがって一丁ほど
 行くと左側にアクタガワ画廊がある。>(p305)

 刑事は銀座から中央郵便局に向かう。 
< おもてに出るとバスに乗って東京駅の乗車口でおり、中央郵便局
 の回転扉(ドア)をおした。[略]
 左の電報受付のカウンターから右端の航空郵便まで十五ちかい窓が
 ずらりとならび、そのいずれにも旅行客やオフィスガールがむらがって
 いる。>(p306)
__壊されかけて、皮膚の表面だけかろうじて残り、うさんくさい光背
(?)を背負う中央郵便局の在りし日...。

<出てきた彼は駅前にならんで停車している大型バスを物色していたが、
 やがて荻窪(おぎくぼ)行に乗った。
  刑事がおとずれたのは久我山(くがやま)にある光洋会の画家江木俊介
 の自宅だった。酒造家の独り息子のせいかアトリエもなかなか立派なもの
 である。>(p307)
__東京オリンピック前だから、東京駅からバスで久我山に行くことも
できたのか?

< 宇井歌子女史のアトリエは駒込林町(こまごめはやしちょう)の、いまは
 戦災をうけて烏有(うゆう)に帰した高村光太郎の旧家の近くにある。
 [略]
  「[略]何ですか、お父様の光雲(こううん)さんが造って下さったアトリエ
 だったんですって。[略]」>(p310)
__観潮楼跡を探して道を間違え、この辺りに来たことがあった。

< 最後の寄港地である池田伊之助の家は上目黒(かみめぐろ)の六丁目
 にある。渋谷(しぶや)から乗ったバスを坂の上でおりて二つの寺の間を
 入った閑静な場所だった。垣根にからませてあるのはクライミングローズ
 であろうか、家の中からかすかにラジオのシャンソンがきこえてくる。刑事が
 ベルをおそうとすると犬小屋から首をだした犬がうるさく吠えたてた。>
(p312-313)

 以上の人々の家にいわば殺人予告がされたが、誰が殺されるのやら、
まだ屍体がない。第四章で110番通報があり、神田猿楽町(かんだ
さるがくちょう)の焼けビル・地下室に警官が駆けつける。
 パトロールカーがちょうど、
<春日町(かすがちょう)の交叉点ちかくを走っていた>のである。

< 猿楽町は駿河台(するがだい)のがけ下に横たわるほそ長い町で、
 商店街でもなければ住宅街でもない中途半端な一劃である。パトロール
 カーは水道橋(すいどうばし)のガードをくぐり都電の走る表通りから左に
 おれた。>(p315)

 この後も地名がいろいろ出てくる。また明日?


     (北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』
     創元推理文庫 1999初 J)

12月29日に続く~





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by byogakudo | 2016-12-28 22:25 | 読書ノート | Comments(0)


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