猫額洞の日々

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2017年 01月 07日

トマス・マクスウェル『キス・ミー・ワンス』中断/(1)若桑みどり『戦争がつくる女性像』半分

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 トマス・マクスウェル/小林宏明 訳『キス・ミー・ワンス』(二見文庫
1987再 J)は、もしかしてと期待して読み始めたが、1940年頃を舞台に
した(戦中の)ニューヨークの物語を、1980年代に書く無理が出てる
のかしら?
 過去の空気に引き入れるための、あれやこれやの小道具描写が長過ぎて
コンパクトな語り口を失い、いきおい長尺になった近年の映画みたような
印象だ。

 そういう折りに(?)、より切迫感の強い『戦争がつくる女性像』が
手に入ったものだから、そっちにかまける。

 サブタイトルが、『__第二次世界大戦下の日本女性動員の視覚的
プロパガンダ』。

 若桑みどり、1935年生まれ・2007年(72歳になる少し前に)死去。
以下、漢数字は洋数字に変えて引用。
 
<西洋美術だけを研究してきた私が、4歳のときから10歳まで身をもって
 体験した世界大戦中の市井の女性たちの状況を検証しようという気持ち
 になったのは>、
1994年、多木浩二を代表者とする文部省科学研究会「全体主義と芸術」
のメンバーになってからである。(p009 まえがき)

 男が表象する"戦争"と、女が表象する"非・戦争である平和"の二項対立や、
二項の相互補完関係の分析の元にある、若桑みどり自身の体験から出てきた
言葉、抑制された叫びのような言葉が胸をつく。

< いままで私は、他の国の、他の時代の、男性の芸術を研究してきた。
 いまはじめて私は自分自身の国、自分自身の時代、自分自身の性に直面
 した。このささやかな本を、明治28[注:1895]年に生まれ、昭和62
 [注:1987]年に死んだ私の母の霊に捧げる。昭和10[注:1935]年に
 生まれた私にとって最初の母のイメージは、かっぽう着にモンペ、学徒
 出陣の兄に武運長久の千人針を縫う姿、大空襲の夜に幼い私を抱きしめて
 いた姿である。彼女は無数の、もの言わぬ「母たち」の一人だった。
 [略]
 世界のいたるところで、「そこにいた」もの言わぬ母たちのことを孫娘
 (息子)に伝えるのは私たち「娘」ではないだろうか?>
(p010-011 まえがき)
 
<国家主義のイデオロギー、国家主義者の感情は、家族固定と直接に
 むすび付いているので、父親/母親の役割固定を崩壊させることは、
 参謀本部が洞察したとおり、国家の根底を破壊させることにほかなら
 ないのである。思うに、生物学的な雌雄の単位を基盤として原始的な
 感情によって支えられているかに見える「家族」概念を、国家という
 共同体のメタファーとすることによって、国家という文化的な構造をも
 また自然で本来的な組織であると信じさせることが可能となった。
 [略]
 ライヒが強調しているように、家父長制度のなかに生きる若い男性に
 課せられる性的抑圧は、かれらの母親固定によって解消させられ、
 かれらはまた母親への愛着を通して、家族ならびに母国へと固定させ
 られるのである。
  われわれは、戦時下に日本の兵士に与えられた、国民は天皇の「赤子」
 というような言説、あるいは皇后を国母と呼ぶような言説を重要な例証と
 して思い出す。家族という小さい単位から出発することによって、軍国
 主義体制は、国民によって感情的、精神的に支えられてきたのである。
 [略]
 クニビレールはつぎのように述べている。"祖国をまぎれもなく母親だと
 感じられるのは、こどもたちの血が必要なときなのである"、と。>
(p047-048 『序章 前提 女性・戦争・イメージ』『2 性的二元論にもとづく
イメージ・ステレオタイプ 「戦う兵士」と「産む母」』)


     (若桑みどり『戦争がつくる女性像』 ちくま学芸文庫 2000初 帯 J)

1月8日に続く~
1月13日にも続く~





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by byogakudo | 2017-01-07 21:35 | 読書ノート | Comments(0)


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