2017年 01月 09日

(3)若桑みどり『戦争がつくる女性像』読了

e0030187_12465638.jpg












~1月8日より続く

 若桑みどりは女性を戦争に方向づけるプロパガンダのメディアとして、
目にするひとに限りのある、いわゆる戦争画__大きなキャンヴァスに
描かれた一枚絵の油彩画__を選ばない。一般家庭婦人向けの大衆的
な雑誌の特集記事の挿絵や表紙絵に注目して、イコノロジックな分析を
進める。

 『第二章 戦時下の婦人雑誌にみる女性イメージ』『3 「主婦之友」
の記事の特質とそのイメージ』から引用する。

 戦時中に圧倒的なシェアを持っていたのは「主婦之友」だ。

<軍部の記事内容の検閲が厳しくなったあとも、その発行部数を減らす
 ことがなかった。昭和16[注:1941]年に
 [略][注:婦人向け雑誌数が]80誌から17誌に整理されたあとも、廃刊、
 減歩数に追い込まれることなく発行を継続したことからみて、その記事
 内容が時局に適応していたということが察せられる。>(p156)

 昭和11(1936)年1月号から昭和20(1945)年12月号までのグラフィック・
イメージの変遷は、自ずと戦時中の事態の移り変わりを反映する。

 「主婦之友」の巻頭には、『写真と絵画の大画報』と題したイメージ・
ページが特集される。

 初期には、全家庭の手本である皇室が、戦争を見守っている様子を
描いた絵画が掲載された。

<傷病兵のために包帯を巻く皇后[注:昭和天皇の妃]の肖像である。
 背景の壁には海戦の絵がかかっている。それはフェルメールの室内画
 の手法であって、壁に掛けられた戦争の絵によって皇后の脳裏にある
 戦争とその傷病兵への思いを暗示している。>
 この号の表紙絵は、白衣の看護婦のクロースアップ(p164-167)。

 絵画のモチーフとしていちばん多く見られるのが、母子像、次に神社
拝礼だ。

 母子像は初めは、男の赤ん坊や幼い男児と、若く健康的な微笑みを
見せる母親像であったが、徐々に母の表情が厳しくなり、男児は凛と
した少年が描かれるように...

< 昭和18年(1943)

  この年から画題がやや調子を変える。表紙は「母と子」ならびに
 「働く女性」の二種に絞られること。また旧来のとおり、幼児と母親
 の図像も消え去ってはいないが、男の子の年齢が急上昇していること
 である。まったく新しく多数登場するのは、成年に達した息子と母親
 の別れである。勤労女性が表紙を占めるようになったのは、この年の
 9月、女子勤労動員促進に関する件が決定されたことと関わりがあり、
 成長した息子と母親の図像の出現は、やはりこの年の10月、出陣学徒
 壮行大会、12月1日の学徒兵一斉入隊と関連している。絵画の表現様式
 も明暗対立が強烈になり、切迫した雰囲気を伝えている。また傷痍軍人
 の主題も一段と増加する。>(p208)

< 昭和20年(1945)

 [略]
  9月号表紙「開墾」(向井潤吉画)
 [略]
  さて、奇妙なことに昭和20年敗戦以後の表紙からは女性の顔が消え、
 「静物画」が登場する。
  20年12月号の表紙は七輪にかかった鍋と野菜。特集は「冬の食生活」。
  この号の口絵を紹介してこの章を終わろう。
 「進駐軍とジープ」(井原宇三郎画)(図52)
  ジープで女の子に絵を描いてあげる米兵。
  ここに描かれている女の子は、植民地「日本」の表象である。かつて
 無知な「シナ娘」という像で日本が中国の植民地的イメージを表彰した
 ように、ここでは、力を持ち、指導的で、支配的なしかも優しく頼りがい
 のある成人男性であるアメリカの前で、日本は無力で無邪気な、相手の
 成熟に圧倒されている、いささかの媚びを見せる幼い女の子として、表象
 されたのである。>(p240-241)

 『第二章』『4 まとめ__象徴として女性像』で、母子像(とその一種で
ある、夫・妻・幼い息子の神社拝礼図)の原型、キリスト教の聖母子像・
聖家族像について語られる。

 近代につくられた日本国という国家__巻末の年表によれば、
< 昭和11年(1936) 4月18日 国号を大日本帝国に統一。>(p274)
__を統率するためにつくり出された、キリスト教の影響の強い国家神道
(やっぱり八百万の神々だけでは求心力に難がある)だが、この章では
オリジナルの聖母子像との比較考察が行われる。

<「母」の像は、二つの理想的な特質を兼ね備えている。それは、第一に、
 本来もっとも女性的なものとされている絶対的な「優しさ」__[略]__
 である。
 [略]
 キリスト教文化圏では、「他者への愛(カリタス/慈悲)」は、複数の
 赤子を抱く母親の擬人像として図像化されてきた。[略]
  「母」像はまた、第二の理想的特質を備えている。普遍的なあの言説、
 「母は強し」である。子持ちの雌狼が発揮する異常な凶暴性にたとえら
 れるこの生物学的起源をもつ言説は、家父長制度のもとで、すべての強さ
 が男性の特権である社会においても、唯一女性に寛恕される強さとして
 流布してきた。それは性的魅力の不可欠な要素である受動性を阻害し、
 男性から諸権利を奪いとるような危険性をもつ強さではなく、あくまでも
 その子供(もともと子供は男性の所有である)を保護育成するために発揮
 される強さであるから、[略]
 この強さは男女の性役割分担を決して破壊するものではなく、むしろ
 強化するものである。>(p255-256)

単行本版の『あとがき』より引用。

< この本の冒頭(文庫版ではカバー)には、幼い遺児を抱いて靖国に
 参る若い母親の絵をのせている。男子の赤子を抱く母親の姿こそ、
 戦争が女性たちに与えた最高のイメージなのだ。だが、それはキリスト
 を抱くマリアとはたしてどこが違っているのだろうか。人類は[略]
 常に母性像を崇拝してきたのではないだろうか。母性像は生命と愛の
 象徴ではなかったのか。ここに陥穽がある。聖母の抱くイエスは彼女の
 子供ではない。これは神の子であり、神に与えられた使命を果たすために
 つかのま命を得ているにすぎない。マリアはただこの神の子を生んだ故に
 のみ崇拝に値する。
 [略]
 人類のために死ぬ男を生んだ故にのみ崇拝されるのだ。靖国に参る母親
 もまたその男子が国家のために捧げられるが故にのみ貴い。男性中心主義
 は母性像崇拝を最大限に利用してきた。それが人間性の核心にふれ万人を
 感動させることを、この上もなくよく承知しながら。>(p281)

 考察のためのデータが少ないといわれるであろうし、論旨の展開も急ぎ過ぎで
不十分といわれそうだが、近ごろ何度となく思い出しては立ち止まってしまう
”近代"を考えるための出発点として、わたしにはいい本だった。


     (若桑みどり『戦争がつくる女性像』 ちくま学芸文庫 2000初 帯 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2017-01-09 16:40 | 読書ノート | Comments(0)


<< 猫がいない      (2)若桑みどり『戦争がつくる... >>