2017年 01月 21日

グレアム・グリーン/宇野利泰 訳『ジュネーヴのドクター・フィッシャー あるいは爆弾パーティ』読了

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 小説というより寓話といった方がよさそうな小説。

 ジュネーヴの大金持ち、ドクター・フィッシャーは、練り歯磨きで
一躍、巨富を得た。同じブルジョア連中を招いてパーティを開く。
 毎回、最後に豪華な贈物が出るが、出席者は彼の皮肉や嫌がらせに
堪えて坐っていなければ、贈物をもらえない。

 お金持ちは、金持ちであればあるほど金に汚い。彼らが七つの大罪の
ひとつ、貪欲の固まりであることを毎回、証明させ、彼らを辱めるために
催されるパーティだ。ブルジョアたちは自分が上流階級であることが確認
でき、買おうと思えば買えるけれど、金を払わずに高価な贈物を手にする
快感から、パーティに出席する。卑屈に彼におべっかを使いながら。
 ドクター・フィッシャーは神のごとく高みに立ち、彼らを馬鹿にする
快感を得る。

 ドクター・フィッシャーと似ているのは年齢くらいだろうか、ロンドン
空襲で片手を失った英国人がいる。外国語に堪能で、フィッシャー邸の
対岸のチョコレート会社(フィッシャーの富の源泉、練り歯磨きの対極)
に勤めている。ビジネス・レターの翻訳が仕事だ。
 (この場合の"翻訳"は何のアレゴリーだろう?)

 彼は偶然、ドクター・フィッシャーの娘と知り合い、30歳は若い彼女と
結婚する。彼の給料だけの、つましい暮らしだが、彼も彼女も、ふたりで
いるだけで満足だ。
 そんな一介のサラリーマンがドクター・フィッシャーのパーティに招かれ、
ブルジョアたちの醜行の観察者になり、ドクター・フィッシャーと、いわば
神と人間の間での問答にも似た対話をする。

 ドクター・フィッシャーも(ブルジョア連も)、あらゆるミューズを拒否する。
 ドクター・フィッシャーの妻は音楽が好きだった。夫が
<彼には音楽が理解できなかったので、音楽自体に自分の理解力のなさを
 嘲笑されていると感じたのであろう。[略]
 音楽を目の敵にした。>(p53)ので、
妻はひとりでコンサートに行き、音楽愛好家のサラリーマンと知り合い、彼の
部屋でレコードを聴くようになり、夫の怒りを買う。

<この男が安月給取りなのが、ドクター・フィッシャーの怒りに屈辱感を加重
 させた。裏切った[注:精神的に]妻の相手が、彼同様の資産家だったら、これ
 ほどまでに苦に病まなくてすんだであろう__[略]。彼はイエス・キリスト
 さえも、新約聖書という大成功のコマーシャル文書が出現していなかったら、
 大工のせがれというだけのことで軽蔑したにちがいないのだ。>(p55)

 対立項を書き抜いているだけだが、アレゴリーの構図がいまいち、読み取れない。
なぜだろう? 分量が足りない、もう少し書き込んでないと構図が見えにくいのかしら?

 話者であるドクター・フィッシャーの娘婿が、スキーを楽しむ妻を待ちながら本を
読むシーンには、過去の災厄(ロンドン空襲)と未来の災厄が紙上で交錯する技巧が
使われている。


     (グレアム・グリーン/宇野利泰 訳『ジュネーヴのドクター・フィッシャー
     あるいは爆弾パーティ』 ハヤカワ文庫 1984初 J)


呪 吐爛腐/呪 心臓亜屁/Billie Holiday - Strange Fruit





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by byogakudo | 2017-01-21 22:27 | 読書ノート | Comments(0)


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