2017年 01月 23日

(2)久生十蘭『久生十蘭「従軍日記」』第一章・読了

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~1月22日より続く

 この日記を書いた頃(1943年)、久生十蘭は40歳くらい。
徴兵される年齢ではなかったとしても、"従軍"したのは生活上
の理由でもあったのかと、巻末の小林真二『解題__もっと
本書を楽しむために』を急いで読んでみた。

 第二次大戦中の、原稿料で生活する作家たちは、大政翼賛会に
属さないと、何か書いても発表する場が実質的になかったのだろう。
こういう基本的なことまで書いておいて欲しいと思うのは、こちらが
無知だからに過ぎないけれど、荷風みたような金利生活者でない限り、
原稿料生活者の仕事場は大政翼賛会絡みにならざるを得ない。
 その延長での"従軍"なのだろう。軍の側はプロパガンダを望み、
作家たちは取材活動として(あるいは愛国の念に燃えて?)占領地や、
もっと先、前線まで行く。

 第一章で爪哇(ジャワ)に着いた久生十蘭は、暑さにヤラれたのかしら、
本人も呆れるほど怠惰な日々を過ごす。これがあの針葉樹みたような
文体の久生十蘭のオフかと思うと、到底信じられない、ダルな毎日だ。
 作品を書くどころか日記を書くのが精一杯。連日、麻雀、飲酒、買春、
水浴、昼寝。

 少し生き生きしたものが伝わってくるのは、街で買物をするときだけだ。
20歳若い妻が喜びそうな、化粧品や腕時計や服を見つけては、いそいそと
お買物してる。ついでに、すてきな自分用の腕時計もやはり買う。文章の
センスだけでなく、生活全般の趣味がよさそう。1943年当時、内地には、
もうお洒落で楽しい品物がなくなっていたのかしら。無知は不便だ。

 女の服飾品についても判断できる日本の男が、戦前、どれくらいいたのか?
鷗外は娘・茉莉のために服を選んでやったし、渡辺紳一郎も奥さんの帯を彼の
センスで選んだ。それに続く、久生十蘭。他にもいるだろうが、日本文学に無知
なので。

 涼しい山中の湖畔、サランガンに行って、久生十蘭はようやく仕事をする
心身に戻れそうである。


     (久生十蘭『『久生十蘭「従軍日記」』 講談社文庫 2012初 帯 J)

1月24日に続く~



呪 吐爛腐/呪 心臓亜屁/





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by byogakudo | 2017-01-23 22:11 | 読書ノート | Comments(0)


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