猫額洞の日々

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2017年 01月 24日

(3)久生十蘭『久生十蘭「従軍日記」』第二章・読了

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~1月23日より続く

 『第二章 サランガン湖畔
(自 昭和18=1943年4月22日/至 昭和18=1943年6月1日)。
第一章の沈滞ぶりから一変。俄然、面白くなる。

 涼しい山間の地、サランガンに移って、熱帯性・懶惰症候群から
回復するかと思ったら、伏兵あり。久生十蘭は、植民地症候群みた
ような、占領地の長官に見込まれてしまう。

 遠く日本から離れて過ごす長官は、さみしがりやのニッポン男児。
近代そのもののような男である。

 内地から滞在に来てくれた日本人というだけで嬉しいのに、"久生十蘭"
というネームヴァリュー付きの阿倍正雄氏と知り合えたのだ。長官は十蘭
のために、ありとあらゆる歓迎興行を催す。第一章の終わりで、ヒトラー
誕生日に開校する独逸人小学校のオープニングに、十蘭が仏蘭西語で祝辞
を述べることを酔った勢いで引き受けたのが、つき合いの始まりだ。

 囲っている芸者を着飾らせて見せびらかす田舎代議士にも似て、長官は
様々なレセプションを催し、彼の支配地をあちこち案内し、自分は名士と
親しいのだと、部下や占領地の人々に知らしめる。と同時に、傲慢な振舞、
過剰な接待をすることで、十蘭に自分の権力を見せつける。

 いつも過剰で、病的な焦燥感にあふれる、長官とのスラップスティック
な交流の様子は、ぜひ本文で。

<君のためならなんでもしてやる、とか、おれのものはみな君にやる
 とかとたびたびくりかえす。この異常な友情をどう受けとめていいか
 わからずマゴマゴす。これがもし直率というならわれわれの世界に
 ないことで応対に苦しむなり。>(p148)

 長官は、やたらと久生十蘭に身体的接触(手を握り、肩を抱くようだ)
をしてくる。十蘭は閉口するが、彼の親切のおかげを蒙っていると自覚
するので、邪険にもできず、ずるずる、つき合う。せっかく涼しい湖畔の
地に来たのに、昼間は視察と見学に追われ、夜は不眠症の長官とのビリ
ヤードに費やされ、仕事は月末にやっと、まとめて書く。

 長官は、どう見てもホモ・ソーシャルの域を越えて、ホモ・セクシュアル
と思えるが(本人は無自覚の様子)、久生十蘭は(感じていても)この言葉
を日記に記さない。名づけることでそれを実在させると、無意識に分っている
からだろうか。
 
 日記中の自称は"おれ"、他人(ひと)から呼ばれるときの呼称は"久生さん"
と書かれる。久生十蘭の中で"阿倍正雄"は、先祖の霊の守護を願うとき、
くらいにしか現れないのではないかしら。このアイデンティフィケーションは、
さすが久生十蘭、面白い。


     (久生十蘭『『久生十蘭「従軍日記」』 講談社文庫 2012初 帯 J)

1月26日に続く~



呪 吐爛腐/呪 心臓亜屁/





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by byogakudo | 2017-01-24 21:44 | 読書ノート | Comments(0)


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