2017年 03月 15日

(1)クリストファー・プリースト/中村保男 訳『ドリーム・マシン』再読にかかる

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 よかった、好きだった記憶はあるけれど、それはいつだったか?
今日も検索すると、2010年1月9日のことだった。忘却するには
十分の歳月であると、自らをなぐさめる。握りしめた掌から少し
ずつ少しずつ零れ落ちる砂のようなわたしの記憶に、何度でも
楽しめてよかったね、と厭味もいいたくなる。

 でも、子どものとき、なぜあんなに同じ本を繰り返し読みたがった
のだろう。読み始めれば、すぐ、"そこで"生きることができたから
だろうか。

 『ドリーム・マシン』の原題が"A DEAM OF WESSEX"。
 ウェセックスってどんなところだろうと、また検索して走り読みする。
イギリス人にとっては、喪われた夢の王国のひとつ、みたようなイメージ
なのか? (トマス・ハーディも読んでいない。)

 そんな古い記憶をまとった場所で行われる"ウェセックス計画"。
集団の無意識を投影して150年先のウェセックスを視ようとする、
淡い記憶と想いを、幾重にも重ね合わせた企図。
 
 ヒロイン、ジューリアには<子供時代からつづいているちょっとした
迷信>がある。
<これがこの人の見収めなのだと思いながらその人を見て__いわば
 心に写真の映像を刻みつけると__それがまさしくそのとおりになって
 しまうのだという迷信。>(p16-17)
 だから、たんに仕事上のつき合いで知っている人であれ、立ち去るとき
には、
<地面に目を落とすようにして[略]顔をそむけた。>(p16)

 これもまた、子どもだった頃を覚えているなら、理解しやすいエピソード
であり、物語全体をつつむ儚さを指示する座標だろう。


     (クリストファー・プリースト/中村保男 訳『ドリーム・マシン』
     創元推理文庫SF 1979初 J)

3月16日に続く~



呪 吐爛腐/呪 心臓亜屁/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

 3月13日(月)の「東京新聞」朝刊26面に「森友学園」経営の
塚本幼稚園に子どもを通わせていたとき、幼稚園から差別的な
手紙を受け取った女性の記事があった。

< 園を見学した際、おもらしした園児が先生に謝る姿をみた。
 園では2歳からパンツをはき、おもらしをした場合、謝罪して
 新しいパンツをもらうのが、ルールだと聞かされたが、「しつけが
 厳しい園なのかな」くらいの印象しかなかった。>

 被害者である女性を責めていると誤解されては困るが、この時点で
「森友学園」のヤバさを感得されなかったのが残念だ。

 これは、排泄に関するタブー意識を利用した洗脳ではないか。
 謝罪しない限り、新しい下着をもらえない。支配と服従の構造である。
こうして反射神経的に権威に服従する子どもを育て、盲目的に国家に従う
人間だらけにしようというのが、安倍晋三・類の野望であり、「森友学園」
はその意を汲んだ実験校だ。

 言葉は思考に(も)使える道具なのに、感覚的刺戟によって起こされる
感情を、思考とごっちゃにする人々が多すぎるので、いつも、大きな構造
の分析にたどり着けない。
 TVレポートされる事細かな枝葉を享受するだけで、問題の根本にある
ものが注視されることはなく、権力の安眠が妨げられることはない。

 共謀罪の危険性を感情に訴えるには、どんな方法・手段があるだろう。
目下のところ使えるのが籠池泰典や稲田朋美の醜態・映像なのだ。
 そこから権力構造の話に持っていこうとする以前に、ネタとして(!)
飽きられ、別のネタが出てくるまで待つしかなくて、また最初から...?





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by byogakudo | 2017-03-15 17:29 | 読書ノート | Comments(0)


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