2017年 03月 22日

(1)海野十三/橋本哲男 編『海野十三敗戦日記』半分ほど

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 自分自身と限られた周囲の連中の利益になるので戦争をしたがる
輩が、政権に就いている。うるさく歯向かう市民なんぞ、共謀罪で
引っくくっちまうぞと意気盛んな様子。
 だからこちらも戦争に備えて、正しくは敗戦に備えてシミュレート
するべく、70年以上前、どうなっていたかを本で読む。

 海野十三の日記は、状況を科学者的に客観的に見ようとする態度で
記される。

 『空襲都日記(第一部)』の『はしがき』は、

< 2週間ほど前より、帝都もかねて覚悟していたとおり「空襲
 される都」とはなった。>と始まり、
< これからさらに空襲は激化して行くであろう。そこで特に、この
 「空襲都日記」をこしらえ、後日の用のため、記録をとっておく
 ことにした。
     昭和19年12月7日          海野十三>(p9)
と結ばれる。(漢数字は洋数字に置き換えた。)

 日々の記録の前に『これまでのことを簡単に』と題して、空襲が本格化
するまでのできごとが要約してある。

 世田谷区若林町の自宅の庭には防空壕がある。
< この壕は、昭和16[注:1941]年1月に1千円ばかり費やして作った。
 檜材のフレームを横に並べて、同じ檜材のボルトナットで締めた上、紙を
 巻いてアスファルトを塗り、これを何回かくりかえし、地中に埋めたもの。
 階段、二カ所の出入口、ハシゴ、床および腰掛け、換気孔などのととのった
 もので、今となっては得がたいもの。あのとき作っておいてよかったと思う。
 14人ぐらいは大丈夫楽に入っていられる。>(p11)

 ここを読んで高見順『敗戦日記』を思い出した。

 昭和20(1945)年4月15日、高見順は川端康成を訪ねる。
2014年10月29日 高見順「敗戦日記」半分強にも一部、省略ありで引用)


< 小島政二郎氏夫妻が来ていた。鑿岩用の鎚とのみを手にして、
  「わたしンところも、これで横穴を掘ろうかな......」
  と小島さんがいうと、
  「お掘んなさい」
  と川端さんがすすめる。川端さんはその鎚とのみで裏に自分で
 防空用の横穴を掘った。
  「力がいりやしないかしら」
  「力なんか、ちっともいりませんよ。ひとりでコツコツやって
 いると、何んにも考えないで、いい気持ですよ」
  この頃買った鎚とのみだそうで、いくらかできが悪くやわらかい
 のかもしれないが、それにしても、鎚の当るのみの頭がまくれたよう
 になっていて、川端さんの努力のほどが偲ばれる。
  「頼むと3000円かかりますからね」
  川端さんは笑いながら言った。自分でやれば、つまり3000円稼ぐ
 ことになる。
  「原稿を書くよりいいですよ。原稿を書いて3000円稼ごうとなると大変
 ですからね」
  みんな、笑った。小島さん夫妻は川端さんの掘った横穴を見学に行った。>
(p167-168) (高見順『敗戦日記』 中公文庫 2005初 J)

 地面に穴を掘って小屋を埋め込む方式と、岩に横穴を掘る方法とでは手間賃
に違いがあるだろうが、より簡略化された横穴式であっても、4年間で3倍に
なっている。
 (また、"自分でやれば、つまり3000円稼ぐことになる。"という箇所は、税務署
に行くとき思い出すフレーズでもある。そう自分に言い聞かせたって、作業が楽しく
なるわけではないが。)


     (海野十三/橋本哲男 編『海野十三敗戦日記』
     中公文庫 2005初 帯 J)

3月24日に続く~



呪 吐爛腐/呪 心臓亜屁/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/





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by byogakudo | 2017-03-22 22:32 | 読書ノート | Comments(0)


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