猫額洞の日々

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2017年 06月 01日

(2)谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』、まだ『饒太郎』

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~5月31日より続く

 書けない作家・泉饒太郎は気分転換を図ろうとする。高利貸に更に
お金を借りて、遊興資金にする。まず帝劇に行く。

<「帝劇」と云うところを劇場としては餘り好んで居ないのであるが、
 餘興の沢山あるカフェのような意味で、夜の宴楽の門出に一二時間
 立ち寄るには、至極適当だと思って居る。
 [略]
 劇場と云うところは、金と恋とを持って居る人々が自己の行楽の背景と
 して、屏風や幔幕の代りに自分達の周囲に繞らす可く、まことに花やか
 な恰好な道具立てである。此の大都会のあらゆる方面の栄華と奢侈との
 集注して居る建築の中で、舞台や観客席や廊下や食堂に充ち溢れたる人々
 を仕出し[注:原文は圏点]に使いながら、自分が或るロオマンスの主人公
 となってプロットの発展を待ちつゝあるのだと感じた時、劇場の空気は
 始めて其の人の胸に絶好の伴奏を奏(かな)でるであろう。
 [略]
 彼は頻りに渇を覚えたので、席を立ち上って二階の廊下を食堂の方へ
 歩いて行った。>(p35-36)

 芝居の最中なので食堂には誰もいなかったが、知り合いが通りかかる。
和風メフィストフェレスみたいなルックス(痩せて出っ歯で色黒)の男・
松村で、饒太郎好みの女(一見16~17の世間知らず風、じつは19か
20。1914年頃なら十分に"女"、おとなしそうに見えて盗癖あり!)を
取り持とうか、という話になる頃、一幕が終わり、人々が出てくる。

<多勢の観客が諸方のドーアを一斉に排して、ぞろぞろと細長い廊下に
 雪崩を打って充満した。白人(しろうと)とも黒人(くろうと)とも判ら
 ない美しい衣裳の婦人達が、馬鹿ではあるが礼儀作法をよく心得て
 居るらしい男どもと入り交じって、露台の椅子や、休憩室のソオファや、
 階段の中途などに花やかな話声をさゞめかせて居る幕間(まくあい)の
 光景は、女優諸君の喜劇よりも何よりも最も「人生の歓び」を表現して
 居る藝術的な場面のように思われる。>(p48-49)
 
 余談だけれど、"ドーア"や"ソオファ"を見る度に、谷崎は原音表記主義者
なのかと思う。

 見知らぬ女に会いに行こうとするとき、饒太郎は現在の愛人に見つかって
しまう。ここらの描写で、帝劇の構造がよく分からなくなったのだが...。

 女衒・松村は、
<一と足先に正面の出口の方へ歩み去った。>(p51)

 饒太郎の愛人であるマダムが、化粧室に潜んでいた。
<「話があるから、まあ此の中へお這入なさい。」
 と、[略]外套の袖を握るや否や、いきなりぐいぐいと室の内部へ引き
 摺り込んだ。
 二人は扉を固く締めて、劇場の空気から掛け離れた狭隘な四壁の中に、
 互いにひっそりと寄り添うて立って居る自分達の姿を鏡の面に認めた
 のである。>(p52)

 ダニエル・シュミットを思い出させるような帝劇空間の描写であるが、

<饒太郎は袂の端をシッカリと掴まれたまゝ女の後から下足口を出た。>
(p55)__"下足口"ってどこだろう? 女衒・松村はエントランスホール
から出たようだが、この二人の出口、"下足口"の場所が分からない。
 裏口? 関東大震災後にデパートが土足で入れるようになった、という
半端な知識のせいで、帝劇もまだ靴や下駄を履き替えさせていたのかと、
つい思いそうになった。


     (谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』
     中公文庫 1998初 J)

6月2日に続く~



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/





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by byogakudo | 2017-06-01 17:32 | 読書ノート | Comments(0)


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