猫額洞の日々

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2017年 06月 02日

(3)谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』、『饒太郎』読了+α

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〜6月1日より続く

 書きたかったことは分かるけれど、それにしても、あんまり巧く
ない小説だ。マゾヒズムの存在を訴えたい思いが強過ぎて、小説が
竜頭蛇尾になる。バランスが悪い。谷崎ってストーリーテラーだと
思うが、巧くない小説もあるのね。
 『饒太郎』を書いた1914年頃、谷崎は28歳くらい。主人公と
ほぼ同い年だ。未来ある新進作家のころ。大谷崎より好もしい、
という偏見は変わらないが。

 飽きてきた愛人と密会(すてきな響き!)するのが、
<築地の海軍大學から程遠くない河岸通りの、とある淋しい家の
 蔵坐敷>(p59)で、
饒太郎がサディストに仕立て上げようと目論む若い女は、
<八丁堀辺の車夫の娘>(p46)である。

 愛人と会った夜は蔵坐敷に泊まった。翌日、女衒・松村に
新しい若い女を斡旋してもらいに行く。

<饒太郎は其のまま木挽町の河岸通りを築地橋の方へ歩いて
 行った。>(p87)
 しかし、太り出した身体は重く、疲れやすい。

<丁度新富座の前へ来た時、彼はとうとう足疲れ切って辻俥を
 呼んだ。そうして「明治座の傍まで」と云いながら車上に腰
 かけて悠然と葉巻に火を点じた。
 [略]
 俥は既に人形町通りを走って居た。
 [略]
 此の界隈に居住する多数の婬売婦たちは、朝でも晩でも大概
 四五人ぐらいずつ蒼白い腐ったような顔を曝して徘徊して居る
 [略]
 「おい、此処でいゝんだ。」
 久松橋を渡って了うと、彼はこう云って俥を下りた。待合とは云え、
 実はむさくろしい婬売宿に過ぎない松村の家まで乗り付けるのは、
 少し仰山だと考えたのである。
 明治座の裏通りから細い新路(しんみち)を二三度曲った、汚い
 溝板(どぶいた)のあるじめじめした路次の一隅に、「まつばや」
 と云う曇硝子の軒燈を掲げた家が松村の巣であった。>
(p87-89)

 その後、じつはパトロンから
<仮寓を許して>(p102)もらっている深川の住いの洋館の方に、
盗癖のある若い女を招き入れる。

 饒太郎自身の生家は、
<雷門から直き近いところ>、<鳥越>(p148-149)という、
東の東京物語である。
     

     (谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』
     中公文庫 1998初 J)

6月6日に続く~



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

< 戦後の保守党の代議士の出身母体を見ていくとわかるが、
 内務省警保局出身の政治家は大体が右派グループに属し、
 常に治安維持を至上命令とし、そのための法律づくりに走り
 回っている。その言は、現実を見ているのではなく、国民が
 いつ共産主義者になるかわからない、反政府的分子になるか
 わからないとの妄想にも似た言を弄していたことが今は容易に
 わかる。

  弾圧する側の病理にとりつかれてしまっているのだ。私は
 昭和のある事件の被害者がいかに特高警察に弾圧されたか、
 犯罪の意思などないのに拷問を何度も受け精神異常になった
 人たちの関係者の証言を聞いたのだが、そのことを当時の特高
 関係の責任者(戦後は自民党右派の議員)は一片の同情すら
 持っていないのに驚いた。>  
(大日本帝国を呼び戻す共謀罪は治安維持法の再来だ! by保阪正康)


<NHKや産経新聞も、前川氏が会見で、出会い系バー通いについて
 弁明した際に大量の汗をかいていたことをわざわざクローズアップし、
 前川氏の説明が嘘であるとの印象を強調した(実際は、この会見場は
 非常に暑くて、前川氏は最初から汗をかいていたし、記者たちも汗だく
 だったのだが)。>
(官邸の謀略失敗? 前川前次官“出会い系バー”相手女性が「手も繋いだ
ことない」と買春を否定、逆に「前川さんに救われた」と
)

__近頃は"みんな"スレてるから、映像解読力は昔より格段に高いはず
と思われるが、TVは漫然と流し見るものなので、受像機を前にすると、
ひとは読解力が働かなくなるかもしれない...。





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by byogakudo | 2017-06-02 22:20 | 読書ノート | Comments(0)


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