猫額洞の日々

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2017年 06月 06日

(4)谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』読了+α

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 写真は、阿佐ヶ谷〜荻窪間のどこかで。角地の住宅脇に
野ざらしで置いてあった。

~6月2日より続く

 全篇読んだ。大正14(1925)年発表の『蘿洞先生』も、
昭和3(1928)年の『続蘿洞先生』も何だか、がっかりする。

 "蘿"の意味を検索して、ふーん、マゾヒスト=隠花植物と
いうネーミングなのか。次いで、ヒカゲノカズラの画像検索も。
 ほんとに手っ取り早く便利な時代だ。手書き日記だったら、
(もっぱら画数から引く)漢和辞典で調べ、どんな植物かを
知るために植物図鑑を取り出しと、時間と体力を要する。
 今は手軽に身軽に知識が得られる。すぐ忘れる。手書き
しないから漢字が書けなくなる。

 『蘿洞先生』が退屈なのは、マゾヒストである主人公、洋行
帰りの学者・蘿洞先生が語るのではなく、先生を訪ねてきた
<A雑誌の訪問記者>(P155)の視点で書かれているせいもある
だろう。

 何を聞いても口の重い蘿洞先生との不成功に終わったインタヴュー
の帰るさ、記者は若い女中が先生の書斎に入っていくのを見かける。
 好奇心から透き見すると、

<間もなく小女は、なお先生の胴体に腰かけたまゝ、小さな一本の
 籐の笞を取り上げ、片手で先生の髪の毛を掴み、片手で先生の
 太った臀をぴしぴし[注:原文は踊り字。頻繁に出てくるもので、
 "踊り字"と"ローマ数字"の項目をお気に入りに入れた。]と打った。
 すると先生はその時始めて、少しばかり生き生き[注:原文は踊り字]
 とした目つきをして「ウー」と呻ったようであった。__此の光景を
 物の半時間も覗いていた記者は、変な気がして、コソコソ逃げるよう
 に裏庭を出た。>(p171)

 30分も覗いていた挙句<変な気が>するのも、それこそ変だが。

 いつもいつも『饒太郎』みたように、マゾヒストの一人称・視点で
書いていくのは気力が要るし、第三者の視点で書いてみたいときも
あるだろうが、後者で書いて、たんに安っぽいセンセーショナリズム
にならないよう抑えるには、それなりの書き方が必要だろう。

 ということは、この巻では、第一篇の『饒太郎』がいちばん好かった
のか...。中途半端に読解力がつくと、ろくなことにならない。

 小林信彦『回想の江戸川乱歩』、小林兄弟の対談から引用する。

信彦 あの人[注:乱歩]は、谷崎潤一郎と宇野浩二を尊敬してるん
 だけど、谷崎潤一郎を『宝石』の対談とか座談会に、何とか引っ
 張り出そうとしていたね。谷崎潤一郎って、三島由紀夫が<自分の
 売り方を一番知ってる人>って言ったとおり、そういう席には絶対
 出てこなかった。江戸川乱歩にはとても好意を持ってるんですよ。
 だけど、出てこなかった。>
(p50 『もう一人の江戸川乱歩』『回想の江戸川乱歩』 文春文庫)


     (谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』
     中公文庫 1998初 J)



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

 ヘイトスピーチ 「失うものばかり」後悔の元「突撃隊長」

 「共謀罪」過剰反応、リットン調査団重なる by加藤陽子氏

<当時、読書新聞で、開高健氏が江戸川乱歩インタビュウを
 書いていて、たしか「顔を洗ったような話ばかりでつまらない」
 といった表現があり、すでに乱歩さんの面識を得ていたぼくも、
 これはうまい言い方だと思った[略]。
 乱歩さんの話をうかがっていると、常識的でじりじりしてくる
 ことがあった。それが社会人としての顔であるのは充分承知して
 いても、例の<暗い空のどこかでドロドロと音がする>方の顔は
 どこへ行ったのだろうかという思いを禁じ得なかった。>
(p66 エッセイ『回想の江戸川乱歩』『回想の江戸川乱歩』 文春文庫)


 わたしは、いわゆる"政治的な"事柄に関して、公式発表めいた"建前"
の言葉しか発しない。
 "本音"も"建前"も言語行為である。どちらもフィクショナルな行為だ。
わたしは内心では"建前"を信じきっていないように、"本音"もまた信じて
いない。その時点で、そう感じている、というだけの言葉ではないか。
 ただ、どちらを好むか。

 母は60歳ちょっとで亡くなった。癌だと判ったとき、もう手遅れだった
ので、モルヒネ投与しかなかった。投薬が重なり、幻覚を視る。
 「ベッドの足下に、ほら、緑色の人がいるじゃない」。

 姉も見守っていたときだったか、いきなり、怒りを込めて、
 「あたしがこんなにオレンジが食べたくてしかたないのに、あんたたち、
何にもしてくれないのね」と言ってすぐ、
 「ごめんなさい。ひどいこと言っちゃって」と打ち消した。

 わたしは行儀の悪い"本音"より、礼節ある"建前"が好もしい。選べと
いうなら、こちらのフィクションを取る。





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by byogakudo | 2017-06-06 15:08 | 読書ノート | Comments(0)


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