猫額洞の日々

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2017年 07月 18日

(1)フエンテス/木村榮一 訳『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂』再読中

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 以前書いた記事を探したら、2008年9月9日だった。
そんなに、むかし。

 『チャック・モール』から引用__

<束の間空中を漂う葉巻の煙、サーカスの歪んだ鏡に映る
 化け物じみた姿、こうしたものも現実なのだ。とすれば、
 すべての死者、目の前にいる人たち、忘れ去られた人びと、
 彼らもまたひとり残らず現実の存在ではなかろうか......。
 ある男が夢の中で楽園を通り過ぎる。その時に、楽園を訪れた
 証に一輪の花をもらうが、夢から覚めると、手にその花を握り
 しめている......。これをいったいどう解釈すればいいのだろう
 ......。ある日、現実が、頭はあそこ、尻尾はここというように
 粉々に砕け散ってしまった。僕たちはその巨大な全体の散乱
 した一部分しか認識することができないのだ。現実とは何もの
 にも縛られることのない空想上の大洋で、それを巻貝の中に
 閉じこめてはじめて現実として認められるようになる。>
(p18-19)

 『チャック・モール』の登場人物は、語り手と、アカプルコで溺死
した話者の友人・フィリベルト(話者と同じく役人)、フィリベルトが
手にいれたチャック・モールの石像(徐々に人間化する)の三人だが、
フィリベルトとチャック・モールの二人だけでは成立しないかと、むだ
なことを考えてみる。

 フィリベルトの遺体を引き取りに行った話者が、彼のノートを
見つけて、それを紹介する形で物語が進行する。話者がときおり
註釈を入れて、フィリベルトが少しずつ人格崩壊していく様子が
わかるが、これは見出された手記として直接に記述されたとしても、
可能である。

 けれども、フィリベルトとチャック・モールだけでは、読み手の
可視域がせまくなるだろう。語り手は読者と同じように、フィリ
ベルトやチャック・モールの世界から遠い。その遠さから語られる
ことによって、読者は物語を読み取るのに十分な距離をもつ。
 近過ぎず、遠過ぎず、正確な焦点距離。

 それに、語り手がいなければ、読者はフィリベルトの遺体とともに
元・フィリベルトの家を訪れることができないだろう。
 ドアの内側に立つ、

<ガウンを羽織り、マフラーをした黄色いインディオ
 [略]
 安物のローションの匂いがぷんぷんし、皺を隠そうとしているのか、
 顔におしろいをはたき、口紅は唇から大きくはみ出し、髪の毛は
 染めているよう>(p27)な、

生けるチャック・モールに直面する事態は起こり得ないだろう。

 チャック・モールの石像は最初、フィリベルトの家の地下室に
置かれた。そこに今度はフィリベルトの棺が置かれる。語り手も
また、フィリベルトと同じように雨の神、チャック・モールに仕える
生贄になるのではないか。
 そうして読者もまた、フィリベルトや語り手と同じ位置、ヨーロッパ
文明に滅ぼされたマヤ文明の神に復讐される立場にいるのでは
ないか、と気づくことになる。


     (フエンテス/木村榮一 訳『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂』
     岩波文庫 2001年第2刷 J)

7月19日に続く~




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by byogakudo | 2017-07-18 21:14 | 読書ノート | Comments(0)


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