猫額洞の日々

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2017年 07月 22日

久生十蘭『パノラマニア十蘭』を読んでいる

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 『パノラマニア十蘭』収録の『巴里の雨』と『風祭り』とは、
『十蘭万華鏡』収録の『川波』を加えて、3篇から成る連作と
いうより、三つのパートで記される一つの変奏曲を構成する。

 そう書きながら、空間現代・ライヴも思い出す。クラシック
だったら変奏曲という手法があるのに、なぜあの場にいて、
それを思い出さなかったのだろう。ジャンル分けの枠組みに
とらわれていたからか?

 音や音楽の世界では当たり前に在る変奏曲という典型が、
小説ではどうも否定的な扱いを受ける。ワンパターンだとか、
同工異曲と誹られがちだ。小説の中の物語部分が、非難の
根拠になるのだろう。
 落語だったら、またあの咄を一席と頼まれるのに、小説
ではマンネリと言われると、たしか荷風も書いてたっけ。

 話を戻して。
 『巴里の雨』は、『サンデー毎日』'49.5新緑号、初出。
 『風祭り』が、『苦楽』'49.6、初出。
 『川波』、『別冊文藝春秋』'56.4、初出。 

 どれも戦前のブルジョアジーに属する男が主人公だ。
 ブルジョアジーは閉鎖系である。財産の拡散を防ぐため、
ブルジョアジー内部での婚姻しか認められない。
 男は大人になった、昔なじみの女に改めて恋をするが、
女はすでに、同じブルジョア階級の男と結婚している。
 女の夫は嫉妬深い。恋する男女は、女の夫に妨害され
ながらも、秘かにヨーロッパに逃れようとするが、第二次
世界大戦の勃発に行く手を妨げられ、悲恋に倒れる。

 『巴里の雨』『風祭り』『川波』は、このモチーフでの展開だ。
"変奏"曲なので、各短篇の見せる表情、ニュアンスがちがう。

 『巴里の雨』にはスパイ小説めいた味つけが施される。

 『風祭り』は、タイトル通り、
<げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなくとび散らふ
 落葉かな、というなにやらの詩人の詩は、豊川[注:主人公]
 の身の上をうたったのではなかろうかというようないわれの
 ない思いに誘われた。>(p69)
わびしさが溢れるが、語り手は物語の外に位置する。

 『川波』は、最後にヒロインの側の描写があるのが前の2篇と
異なる。

 恋するふたりは、女の夫の目と耳をはばかる。離婚スキャンダル
も(階級的に)避けなければ成らない。
 恋人たちは、彼なら/彼女なら、こう動くはずだと類推しながら、
落ち合おうとする。相手の考えることと自分の思考が一体になった、
オカルティズムや夢の中にも近い状況を生きる。

 恋することで、彼らは世俗の囲いであるブルジョアジーの外に出る。
それは酸素ボンベなしに大気圏外に出るに等しい行為なので、死が
彼らを待つのは当然のことだけれども、彼らはたしかに飛翔し、死者
の視線で世界を見わたす資格を得たのである。


     (久生十蘭『パノラマニア十蘭』 河出文庫 2011初 J)
 



呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

<強烈な稲田朋美ブーメラン
「笑わせないでくださいよ。国民目線というのであれば、
 素人を防衛大臣にしないでほしいというのが国民目線
 ですよ。部下に責任を取らせてご自分は保身を図る、
 それが政治主導ですか。政治主導というのは政治家が
 責任を取ることですよ。…」(報道ステーション)>
(6:24 - 2017年7月21日)
__稲田朋美は都合が悪くなると、表情を固めて非力な
女っぷりを見せる。

 「共謀罪」法施行 警察監視の独立機関が必要 法律家ら提言

 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
「共謀罪トンデモ答弁・暴言録」


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 「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動

 上記のPDF





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by byogakudo | 2017-07-22 20:45 | 読書ノート | Comments(0)


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