猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2017年 10月 20日

(2)夏堀正元『風来の人 小説・高田保』読了

e0030187_21292641.jpg












~10月19日より続く

 新居格による高田保・批評は、

< 「__高田保は時代のキャッチャアである」
 [略]
  「彼は表面にたつて時代に球を投げるピッチャアとしての積極性が
 あるかどうかは疑わしいが、時代の球の速度からカァブ、ドロップまで
 よく見透しをつけて受け損なひはしない。また、この男は上海を人間に
 したやうなところがある。頭のなかには科学の租界がある、プロレタリア
 の労働街がある。プチ・ブルの公園もある。近代感覚の尖端もあれば、
 階級意識もある。少々軽快すぎて気紛れなところもあると云つては
 いけない。一体この落着きのないゴタゴタした現代に処しては、誰しも
 世紀のピエロたらざるを得ないところがあるのだ」>(p133-134)

 ひとは個人的なゴタクサを抱え込んで時代を生きる。戦争が始まった
とき、日本のインテリたちのほとんどが個人と国家とを直結させ、自分の
鬱屈と国家の鬱屈とが同時に解放されたように感じたのではないか。
 あんなに共同体の圧力から逃げ出そうとしていたのに。

< それにしても、日本の自由主義者(リベラリスト)は、戦争という国家
 主権の決定的な賭けのまえでは棒を呑んだように無批判になり、もろくも
 敗退してしまうことを、こんどの戦争はむごいくらいに証明してしまった。
 [略]
  彼らは国家主権が自分の身に危害をおよぼさないうちは、自由主義者
 (リベラリスト)でいられた。が、ひとたび国家主権が重い刑罰をちらつかせ
 ながらせまってくると、いささか渋面をつくりながらも、結局は容易に国家
 主権の利害と一致することを認める点で、彼らはきわめてオポチュニスティック
 な人種なのである。
 [略]
  ほんとうならば、自由主義者は人間が国家主権やら政治やらからはみだして
 しまう<精神の自由>というものをもっている点を、積極的に大切にする人たち
 のはずであった。だからその自由は、しばしば国家主権や政治や戦争に反対する
 自由であり、そのためにみずからの血が流されることも、ときにはうけいれる人
 たちであるはずだった。
  しかし、日本の自由主義者には、そうしたきびしい理想はないし、モラル
 もない。感覚的に自由を享受するモダニズムの恣意性があるばかりである。
 これは彼らの多くが、はじめから没階級的な__ということは無責任なフリー
 ハンドをあたかも特権としてもったということだが__孤立主義的実利主義と
 いう場所に身をおいて出発したためであろう。たしかに没理想、没階級という
 点では、日本のリベラリズムとモダニズムは瓜ふたつの双生児なのである。>
(p193-194)
__そして"日本のリベラリズムとモダニズム"は、ファシズムと従兄同士だ。

 "近代"のツケを、払いきってないなあ。

     (夏堀正元『風来の人 小説・高田保』
     文春文庫 1985初 帯 J) 

(1)夏堀正元『風来の人 小説・高田保』
(2)夏堀正元『風来の人 小説・高田保』





呪 亜屁沈臓/呪 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

 安保関連法(こと戦争法)の本会議投票行動(PDF)東京都の
安保関連法(戦争法)に賛成した議員名


 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
「共謀罪トンデモ答弁・暴言録」


 【票を入れるな危険】日本会議所属の都議候補一覧

 小池百合子氏 日本会議“本流”から外れた愛国者

 「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動

 上記のPDF





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2017-10-20 20:46 | 読書ノート | Comments(0)


<< 古谷経衡『ネット右翼十五年史』...      (1)夏堀正元『風来の人 小説... >>