猫額洞の日々

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2006年 02月 15日

ウェテリンク「大道商人の死」をケチリながら読む

 なかなか愉しくて、能うことならば もっと ちびちび読みたいくらいだ。
でも今夜中には終わる。こうと解っていたなら、2-3週間前の古書展で目に入った
もう1冊のウェテリンクを買っておくのだった。くやしい。

 元警官である女装の老人は、次の章で あっけなく退場。元上司に犯人逮捕に
つながる電話をかけようとしたときに襲われて殺される。残念だ。
 ハウスボートへの渡り板周囲を小さな庭に造り、居心地よい室内に自作の
手芸品が飾られ、といった描写を嬉しく読んでいたのに。

 他の登場人物の暮す空間の描写もそれぞれ、いかにもその人らしさが感じられる。
細々と説明過剰でなく、ポイントを押さえた文章である。
 室内描写は絵画でいえばフランドル派の伝統かとも思わせながら、一転して
捜査の息抜きに自然保護区に立寄ると、ちょうどヒキガエルの集団発生期で、
車のタイヤは潰したヒキガエルの死体でぬるぬるしたり、犬の糞を踏んづけたりと、
こちらもオランダ的 リアリスティックな精密描写の伝統だろうか?

 肩書でしか呼ばれない「警視」は、なんとなく 新教における神に近い存在では
ないかしらと、また当てずっぽうなことを考える。だって、「警視」の公明正大さは
人格の陶冶の結果 獲得されたものかも知れないが、キリスト的博愛に人が近づける
限界を思わせる。神の愛に見まがうほどの視線をもつ人物なのに、つくりものには
感じさせない。
 神が人間的であることに新教を感じるのだろう。(クリスチャンでもないのに、
勝手に想像しているだけだが)。

 ここで頭が横に逸れて、英国国教会のイメージがつかめないことを思い出した。
カトリックやプロテスタン、ロシヤのキリスト教あたりなら、漠然と映像が浮かび、
それなりに納得?しているが、英国国教会・・・。
 宗派はいろいろあっても、離婚可能なカトリック風という理解でよいだろうか。
自信がない。

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by byogakudo | 2006-02-15 15:08 | 読書ノート | Comments(3)
Commented by アリウス at 2006-02-15 16:18 x
私が推察するに、英国国教会はその独特のキンテイ訳聖書によってカトリックとは相容れないと思います。さしずめ女王陛下のプロテスタントといったところでしょうか。プロテスタントにしては幽霊の多いところではありますが。
Commented by byogakudo at 2006-02-16 17:11
アリウス様、2件のコメント ありがとうございます。
実は、英国国教会のイメージ・ソースが、例のダイアナと
チャールズ結婚式風景しか思い浮かばず、プロテスタンにしては
派手でカトリックぽいなあという理由からです。(この反応も
プロテスタン=シンプルというバイアスが掛かっていますが)。
Commented by アリウス at 2006-02-16 18:33 x
わたくしも英国国教会といいますと、ウェストミンスターの結婚式が思い出されます。そのとおりです。十何世紀か失念いたしましたが、かつて教会内で著名な神学者か司祭が殺されるという殺人事件もほんとうにあったと聞きます。恐ろしいことです。ところで現在のローマ法王は、サタンの小者の弟子ではないかとわたくしは邪推しております。前の方はけっしてそうではありませんでしたが。


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