猫額洞の日々

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2006年 03月 14日

行商

 不思議な言葉だ。普通 行商と聞くと、喇叭を吹きながらリアカーを引いて
やって来る豆腐屋さんとか、花屋さんとかを思い浮かべるが、古物取扱免許を
もらいに警察署に行ったとき、「この『行商』というところは丸を付けてね、
これがないと、お客さんちに買いに行けないよ」と注意された、その行商である。

 店に売りにきて下さる方も ぐっと減ったが、久しぶりにお客さま宅へ買取に
出向いた。ミステリをメインに頂く。小泉喜美子がうれしい。文庫化されてない
「女は帯も謎もとく」に、長篇の「死だけが私の贈り物」も。
 山村正夫を放っといて、こちらを読もうかなあ? 愉しそうだし。
 「わが懐旧的・・・」の、香住春吾論にあった探偵小説と推理小説の差異の話は
興味深かったのだが。

 いまの感覚だと、探偵小説は「新青年」その他のむかしミステリ、推理小説は
松本清張以後のミステリであるが(わたしは そう理解している)、50年頃には
それが逆になりそうだった という話である。

 木々高太郎他の、探偵小説にも文学性を!一派は、芸術的なミステリを推理小説と
新たに呼ぶことにして、本格ものは以前の通り 探偵小説と呼ぼうという説を唱えた
らしい。もちろん本格派から猛批判されたようである。
 「探偵」の「偵」の字が戦後の漢字制限に引っかかって、それに替る新名称として
推理小説が考え出された とばかり思ってきたが、それだけではなかったようだ。

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by byogakudo | 2006-03-14 19:00 | 雑録 | Comments(0)


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