猫額洞の日々

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2006年 04月 05日

「刑務所を往く」

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 「久保田万太郎」を読了せずに棚に出す。気分を変えて昨夜から「刑務所を往く」
(斎藤充功 ちくま文庫 03初帯)。
 刑務所の大まかな説明のあと、いきなり死刑と死刑囚の話が始まる。いちばん
ハードなところを まず考えようという訳なのか。

 前から思っていたことであるが、死刑執行に署名する法務大臣は、少なくとも
処刑に立ち会う責任がありやしないか。

 死刑の実行者であった元看守の発言が記されている。
   <「今日び、政治家先生や評論家たちが死刑は残酷な刑罰やから廃止せにゃあ
   ならんと、高いところから無責任なことをガンガン、いうてますが、ほんま、
   " 廃止" ちゅうことやったら現職の刑務官や退職OBのほうがなんぼ、そのことを
   考えているかしりゃあせんですよ。職務とはいえ残酷な仕事でした。・・・>

 ハンドルを廻して板を落とし、自重で絞殺する死刑に携わっている人々のストレス
には恐ろしいものがあるが、サインした大臣は たとえば 落ちてくる成り立ての死体の
血や汚物を処理する仕事のことを想像したことはあるか?

 66年12月に就任した田中伊三次法務大臣の言葉が紹介されている。
   <「死刑囚に会う必要はないんです。・・・(中略)・・・法務大臣という職務は
   制度を是認する立場の人間ですから、会ってもなんの意味もないことなんだ。
   ・・・」>
   <「犯人が憎いからサインをしたわけではないんだな。一に被害者の霊魂を
   救う道はないかを考え、二に被害者の遺族の感情にどう答えるかを考え、
   国家刑政の立場から、罪を犯した人間は人間らしく最後の責任は自分でとれと、
   念じるわけです。人の命をとることは、罪悪です。その罪悪を法に基づいて
   国家が犯すわけですが、私としては尽くすことは尽くしたから、躊躇いは
   ありません」>
 法のシステム以外の世界、政治家業界以外の世界に及ぶ想像力はない人のようだ。
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by byogakudo | 2006-04-05 16:58 | 読書ノート | Comments(0)


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