猫額洞の日々

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2006年 05月 04日

昨日の訂正と「ああ東京行進曲」読了

 残念、久保田万太郎が好きなのはカツレツであってカツ丼ではなかった。三田文学系
カツ丼愛 検証はここに頓挫した。(cf: 「久保田万太郎」 戸板康二 文春文庫 83初)

 昨夜は「ああ東京行進曲」(結城亮一 河出文庫 85初)を読む。佐藤千夜子(さとう・
ちやこ)についてはキセル知識しかなかった。つまり、流行歌手の嚆矢で 困窮して
死んだことしか。

 活躍したのが1930年代だから、いろいろ こちらの興味を惹くできごとが出てくる。

 1) 初代・水谷八重子は新劇女優としてデビューしたが、その初舞台「チルチル・
ミチル」が上演されたのが、渋谷 百軒店の聚楽座である。80年代には まだあった
百軒店傍の旅館・聚楽(道玄坂から百軒店に上って途中で右に曲がった奥)と、
同じ場所だったのだろうか?

 2) レコードも徐々に普及してきたが、大衆歌謡(流行歌)は全国の劇場や学校・
公的施設を廻るライヴ公演により人気を得た。
 佐藤千夜子の歌だけでなく、藤蔭静枝の踊りもある企画で、どちらによりきちんと
照明が当てられたかで諍いが起きた。但し、この頃の照明は、舞台袖に置かれた
塩水入り桶に電線を出したり入れたりして、ライティングの強弱をつけるもの。感電
事故の方が心配だ。

 3) 佐藤千夜子は人気の絶頂期に、かつての夢・オペラ歌手を思い出し、4年も欧米に
遊学したため人々から忘れ去られた。帰国した彼女をしかし、日本ビクターは会社の
基礎をつくった大スターとして銀座アパートメントに住まわせる!しかも7階建ての
7階、特別に大きな一室である。当時の銀座アパートメント利用者は、八幡製鉄社長や
溝口健二・田中絹代、菊池寛等であった。

 悲惨な晩年であるが、ただ、本人が無邪気というにも あまりに賢くなさ過ぎて、
同情・共感の念が発生しにくい・・・。
                         (結城亮一 河出文庫 85初)
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by byogakudo | 2006-05-04 11:28 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by ああ夢や夢 at 2009-01-24 20:33 x
佐藤千夜子ついてなら、『永遠の歌姫佐藤千夜子』も「読んでみてはどうでしょうか。
Commented by byogakudo at 2009-01-25 12:57
ご教示ありがとうございます。「ああ東京行進曲」だけでは、彼女の
暢気さが、どうもよく理解できませんでした。昔の大スタアらしい暢気さ、
と言えば、そうなのでしょうが。


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