2006年 07月 16日

「地獄時計」読了

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 素晴らしい本だ。カトリックの知識はなくても、信仰や宗教について考えたことが
あれば、問題ない。
 p48、教会の女性信者が婚約者を殺したという嫌疑がかかったときの神父の言葉:
<「わたしには判断(ジュージュマン)の手がかりがない。だが、わたしは信じない
(メージュ ヌ クロア パ)」>

 突然、ル=クレジオ「物質的恍惚」中の
「哲学は、それがちょっと祈りに似たものでない限り、ぼくには興味がない」
(といったような言葉だったと記憶する)を思い出したりする。なぜだか。
 たぶん、信じる行為について考えていた頃、同時期に読んだ本だったからか。

 うまく纏まらない。書きたくなったら、いつか書こう。
                         (日影丈吉 徳間書店 87初帯)

 お客さまから伺った話では、イギリスでキリル・ボンフィリオリの三巻本が
出版されたそうである。「深き森は悪魔のにおい」は三部作の第三巻にあたり、
第一作の事件の余波で、主人公はワイト島に逃げてきた経緯がある。
 お願い、しっかりした日本語訳・三冊本を出して下さい、ボンフィリオリ全集でも
かまいません! 読みふけりますから。
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by byogakudo | 2006-07-16 12:45 | 読書ノート | Comments(0)


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