猫額洞の日々

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2006年 07月 19日

湯浅喜久治のこと

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 (写真は解体を待つお茶の水・文化学院。クリックすると拡大します。)

 東京新聞朝刊最終面に「わが街わが友」という連載コラムがある。有名人が語る
「わたしと東京」物語シリーズだ。

 現在は矢野誠一が書いていて、今日はお茶の水・文化学院の思い出話。その文末に
<上布の着流しに雪駄(せった)姿の鋭い目をした痩身(そうしん)の若旦那(わかだんな)風が、
 先輩と称して中庭に何人かあつめては能書をたれていたが、一九五九年に三十に
 なるやならずやで自ら生命を断った天才プロデューサー湯浅喜久治だった。>

 湯浅喜久治については安藤鶴夫の本で知ったが、恰好いい東京っ子だ。ホール落語の
創始者、落語プロデューサーとして芸術祭賞受賞、そして何故か自殺。安藤鶴夫が
書いたときは、遺された両親を慮ってか、この件はぼかしてある。
 「落語名作全集1」(吉川義夫・安藤鶴夫監修 普通社 60再函帯)の月報に写真と、
東大落語会創立者・山本進による人物紹介が載っている。写真では、痩せて目玉が
大きく、江戸前の長い顔だ。はしっこく、頭がよさそう。ここでも自殺ではなく、
<三十四年一月、惜しまれつつ病没した。行年わずか二十九才だった。>とある。

 自殺と知ったのは何の本だったか忘れたが、「湯浅喜久治とその時代」について
誰か書いているのだろうか? もしないならば、彼の記憶をもつ人々が死に絶える
前に、誰かが聞書きすべきではないか。落語人気がかつてほどではないと言え、
戦後の落語スタンダードを創ろうとした湯浅喜久治が、このまま忘れ去られてよいとは
思えない。
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by byogakudo | 2006-07-19 14:09 | 読書ノート | Comments(0)


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