2007年 01月 02日

新年のご挨拶を申上げます

e0030187_1337495.jpg











 (写真はクリックすると拡大します。)

 新年おめでとうございます。今年もよろしくお願い申上げます。

 さて、歳が明けてしまった。あまり代り映えしない大晦日から新年までの
報告。

 「安吾巷談」(坂口安吾 角川文庫 76年6刷)の2章を残して入浴。出てきたら
ちょうど1月1日12amでした。
 50年1月から「文藝春秋」に連載された「安吾巷談」、熱海の大火の話が
あった。むかし読んだはずなのに、すっかり忘れていたが、当時は旅館だった
起雲閣の隣まで燃えたのに、起雲閣は焼け残ったのだ。年末にパンフレットを
見ながら、行ってみたいなあと思っていたところ。

 昨日1日(月)はSの両親宅へ。むかしばなしを伺い、お雑煮をいただく。お雑煮、
何年ぶりでしょう? 義母いわく、「むかしは1週間かそこら煮物が残って
そればっかりだから、早く他のものが食べたくってねえ」。

 昨夜から「底のぬけた柄杓」(吉屋信子 朝日文庫 79初)。俳句は興味がないが
吉屋信子の人物評は嫌いじゃない。やさし過ぎる眼差しという彼女の欠点であり、
美点でもある姿勢は、俳人に対しても変わらない。

 「昭和 東京 私史」(安田武 中公文庫 87初)も再読を終える。父方のハイカラ
山の手趣味と母方・下町趣味との混合した、リベラルな家庭に育った少年の自伝
だが、もう軍事教練の行われている時代(39~40年)に、学校教育嫌いの少年
(17~18歳)が出す中学転入に当っての条件:
<(一) 転入学のための試験は受けない。
 (二) 月曜日は登校しない(週に六日も学校へいっていたら、この大事な時に、
 人間が馬鹿になっちゃう、とあけすけに私は言った)。
 (三) 学校には学校の教育方針があるだろう。私には私の自己教育について
 信念がある。それは、たぶん両立しないだろう。そのため、またまた退学騒ぎが
 起こっても、私に責任はない。>(p247)

 これを聞いた京崋中学の生徒監は、<いいでしょう、と一言のもとに応諾した。>

 その後、31年に入学した文化学院でも、男女共学。校庭でボンヤリしていたら、<・・・「こんなにたくさん美しい女の子がいるのに、どうして一緒に
遊びませんか」と、肩を叩かれた。振り返ってみると、西村校長なのだ。そして、
「さあ、この人を仲間に入れてあげなさい」と、傍で縄跳びに興じている女学部
一年生の群れのなかに、私を押しやるのだった。>(p260)
[PR]

by byogakudo | 2007-01-02 14:46 | 雑録 | Comments(0)


<< 初夢?      暮れのご挨拶は済ませましたが・・・。 >>