2007年 04月 15日

圓生と併読

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 圓生の楷書みたいな落語も本の語り口も好きだけれど、頭がいまひとつ
ノリきれなくて、「翻訳と日本の近代」(丸山真男・加藤周一 岩波新書 98初)
を買取本から見つけて読み始める。

 明治維新の頃、日本は敏捷に立回って植民地化を避けたと言われているが、
当時の欧米諸国はそれぞれ、クリミヤ戦争・普仏戦争・南北戦争に忙しくて
アジア侵略をやる暇がなかった。__なるほど。

 名のみ知る荻生徂徠だが、比較言語学的観点をもった初めての人である。
つまり、訓読で漢文の読み書きをする江戸時代の知識人は、中国古典が教養と
して身についているつもりだろうが、訓読は中国語ではなく日本語翻訳行為だ
と、指摘した。__どうやって、そこに気づいたんだろう? 漢文の読み書きが
インテリの当然の教養の時代に、自分自身もその中にいて、多言語意識をもつと
いうのは?
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by byogakudo | 2007-04-15 14:07 | 読書ノート | Comments(0)


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