2007年 06月 21日

「切り裂かれたミンクコート事件」足踏み中

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 (写真はクリックすると拡大します。)

 昨夜は「時代観察者の冒険」(小林信彦 新潮文庫 90初)を再読(だと
いうことが途中で判明)していて、「切り裂かれたミンクコート事件」
は未だ何事も起らず待機している。

 その「ミンクコート事件」であるが、巻末にミステリー評論家による
解説がついている。作者・アンダースンのコージーなミステリ感覚を、
ミステリの愉しさは「上品な軽はずみ」にあるというアレン・レーン
(ペンギン・ブックスを作り上げた出版人)の言葉を引いて説明している
箇所に重箱の隅を発見。

< だいたい、第二作の舞台が前作とまったく同じ大邸宅で、ほとんど
 同じシチュエーションで物語が進行するという趣向自体が「軽はずみ」
 以外のなにものでもないだろう。こういうことをしたり顔でやってのける
 「余裕と稚気」を作者と読者が共有できるところに、このミステリーの
 楽しさがある。>(p571)

 一体いつ「したり顔」という言葉は、「平然とした」や「淡々と」という
意味に逆転してしまったのか。担当の編集者は受取った原稿をちゃんと
読んだのだろうか。読んでも何の疑問ももたなかったとしたら、もはや言う
べき言葉はない。

 尤も、「時代観察者の冒険」中の『編集者評論のすすめ』によれば、
編集者は三タイプに分れていて
<  1 クリエーティヴな編集者
   2 事務屋
   3 事務屋以下のお使いさん  >(p302)になるそうである。

 小林信彦は<(中略)苦節十数年のすえ、私は1のタイプの人とだけ
仕事ができるようになったのだが、何千人か何万人かいる編集者の多くが、
2、3のいずれかであることは否定できまい。>(p303)と述べるが、この
コラムの初出は「本の雑誌」17号(80年3月)である。27年前だ。状況は
ちっとも改善されず、ますます悪化しているという訳か。
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by byogakudo | 2007-06-21 13:25 | 読書ノート | Comments(0)


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