2007年 07月 22日

「鹿男(しかおとこ)あをによし」を読み始める

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 (写真はクリックすると拡大します。これも湯島散歩中。)

 お師匠さん一押しの万城目学(まきめ・まなぶ)「鹿男(しかおとこ)
あをによし」(幻冬舎 07初帯)、さすがです。

 文章がいい。軽やかでコミカル、しかも品がいい。軽装版で、
表紙には若い男と鹿と剣道着の少女が漫画っぽいイラストレーション
で描かれているからって、偏見を持ってはいけませんね。(お師匠さん、
どんな顔してレジに差出されたのかしら? 想像するとたのしい。)

 物語は漱石「坊ちゃん」を下敷きにしているようだ。ようだと書くのは
「坊ちゃん」(と「三四郎」)を読んでいないからだが、いつぞやの
「漱石先生の事件簿 猫の巻」(柳広司 理論社 ミステリーYA! 07初帯)
のシンプル・マインデッドとは雲泥の差。民俗学的ファンタジーが
現代版「坊ちゃん」の地平に語られる。巧くって感じがいい。どう着地
させるか、期待しながら読んでいる。

 その前に読んでいた「深夜の散歩」は読了。福永武彦ご推薦のシャー
ロット・アームストロング「疑われざる者」は、お師匠さんによれば
「ありきたりだね」。
 丸谷才一の中に時々「フェミニスト」という言葉が出て来るけれど、
70年代ウーマン・リブ以前の語用なので、もっぱら「女性尊重論者」
(たいていは建前としての尊重)の意で使われているのが、時代を
表している。

 フリッツ・ライバー「妻という名の魔女たち」は、呪術の蘊蓄ばかり
目につき、読み進める元気が出ない。たぶん、このまま棚に出すでしょう。
 「闇の聖母」等は、もっと素材と物語とが練れていたと思うのだが。

 感激したのが「くたばれスター野郎!」(竹中労 秋田書店サンデー新書
67初)。
 映画スターたちの大邸宅がほとんど会社からの借金で建てられている
実体を数字を上げて示し、遊女の丸抱えに等しいと喝破する。その対局に
ある大部屋役者たちの悲惨な在り様に怒って、俳優ユニオンの立ち上げに
協力する南部僑一郎や竹中労たち。

 この対立図式は、いまの正社員 対 フリーター・派遣労働者の二重の
労働事情に等しい。その方が企業にとって都合がいいからだけれど。
 売名記事はルポライターたちに書かせても、己の醜聞に関しては
プライヴァシー権を持ち出して報道規制を望むスターたちの様子は、
芸能人化した今の政治屋たちにそっくりだ。

 状況は結局いつも変わりないことがよく解る。何も解決して来なかったし
テロの恐怖という名目の立つ現在の方が、報道規制はもっとやりやすい。
 「勝てば官軍」「寄らば大樹の陰」って処世術が、あたし、いちばん
嫌いです。勝つって怖いことだと、もっと自覚する人が増えればいいのに。
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by byogakudo | 2007-07-22 13:40 | 読書ノート | Comments(0)


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