猫額洞の日々

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2007年 07月 30日

「玻璃の天」「あめりか屋商品住宅」読了

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 (写真はクリックすると拡大します。)

 やれやれ今日は例の閉店休業になるのかしら。雨粒が大きすぎて、店を
開けるのがためらわれます。

 さて、先週読んだ「玻璃の天」(北村薫 文藝春秋 07初帯)。「俳風三麗花」
と同じような時代設定だが、こちらは麹町にお屋敷のあるブルジョアお嬢さん
がメインの探偵小説仕立てだ。

 お嬢さんが謎にぶつかり、お家(うち)の女性ショーファーに助けを求める
連作短篇集であるが、ジーン・ウェブスター「あしながおじさん」と江戸川
乱歩「鏡地獄」との相似が指摘されたり、暗号ミステリになったり、探偵小説
としての工夫を凝らしつつ、テロリズムから戦争へと移り変わる時代の流れも
読み取れるつくりだ。
 アンチ・テロリズムの姿勢が結局、国家による個人の弾圧、そして国家間の
暴力の応酬である戦争へと変貌して行くありさまは、過去の歴史が現在と
地続きであることを、よく示している。決して声高に語られてはいないが。
 
 お嬢さんの生活にはまだ嵐の兆しが入り込んでいない頃、本好きの彼女が
三越の書籍売場に行くシーン。
<東京の大書店には、洋書部の充実している所がかなりあるが、ここも
 <百貨店の一部>と侮(あなど)れない。横文字がずらりと並んでいて、
 眺めているだけでも楽しい。>(p159)

 三越の洋書部? 最近どこかで目にした記憶が__と思ったら、09aに
入れた" HOUSE PLANTS " (Better Homes & Gardens 59)の後ろ見返しに
1×2cmの小さなシールが貼ってあった。
 MITSUKOSHI,LTD、その下に枠で囲って BOOK DEPARTMENT、三行目に
TOKYO JAPAN、右端に丸で囲った中に「越」の文字というシールである。

 つまり1959年には、まだ三越の洋書部は続いていたと理解してよいの
だろうか? この本もカラー印刷の色の褪せ具合がすてきで、ただの実用
園芸書であると解っちゃいるけれど、愛することの妨げではない・・・。
 むかしのカラー印刷の褪色愛好に関しては、もはや変態の域に達している
と自認してはいますが、ほんとにうっとりするほどきれいなんですよ。

 話が飛んでしまったので「あめりか屋商品住宅」(内田青蔵 住まいの図書館
出版局 87初 帯欠)に移ろう。
 あめりか屋といえば山本拙郎、雑誌「住宅」、住宅改良会。ところが
創設者については何にも知らなかった。

 あめりか屋を始めたのは橋口信助。洋風住宅や家具の輸入会社が出発点
であるが、なぜ洋風住宅が望ましいかの理由が、
<小供の時から、畳に非常に怨を持つて居つた。それは親父から厳重に
 坐る事を言付けられたが、暫く坐つていると直ぐ痛くなつて足を横に
 出す。(以下略)>(p24)

 正座が苦手と、着るものひとつ取っても、当時は今よりもっと洋風・
和風の二重生活であったので、生活の合理化運動の風潮にもマッチした
洋風住宅を広めようという理由から始まったあめりか屋であるが、勿論
最初は社会の上層部が注文する、ついで中流階級向きの小規模住宅の設計
施工に至り、あのナオミとジョージの暮す大森の文化住宅が出現する訳です。

 読んでよかった。「住宅」の合本をむかし売ったことがあるけれど、今は
裏表紙の傷んだ1冊しかない。集めたいなあ。

 雨もやみ閉店休業は免れる。人気(ひとけ)は依然としてなし。

 夕方近く、鈴木創士氏の「アントナン・アルトーの帰還」(現代思潮新社
07初帯)が届いた。第一頁からイカレる。
< その日は素晴らしい天気だった。
  決然として高く聳え立つどこまでもつづく空。明るく、底無しの、
 眩暈(めまい)のするような青。私は憶い出す。初夏の陽射しを浴びて、
 マロニエの青葉の上で揺れる小さな玉の露に湾曲した蒼穹が映っている。
 何もないがらんどうの記憶。>
 なんて狂おしくうつくしいイメージだろう! 「私は憶い出す。」以下は
もしかして最初にフランス語で考えてから書かれたのではないか、という
気がする。
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by byogakudo | 2007-07-30 12:48 | 読書ノート | Comments(0)


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