2007年 08月 12日

「ハートに火をつけて! だれが消す」読了

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 (写真はクリックすると拡大します。)

 何をいまさら読んでるの?と言われそうな気もする鈴木いづみ。だって
いままで読んでなかったのだから仕方ない。「太陽」の映画コラムくらい
しか目にして来なかった。あたまのいい人という印象であったが(勿論
彼女と彼の神話も知ってるが)それ以上、作品に触れてみようとは
思わなかった。

 いい小説家だったのですね。誰かが彼女に何か言うと、返答は書かずに
地の文で返す。その言葉が、どんなに悲惨あるいは悲痛な状況であれ
ヒューマーのあるコメントで、的確かつおかしい。まったくタイトルの
通りに「ハートに火をつけて!/だれが消す」という、思いと自意識が
交錯しながら自伝風小説は進む。

 リズムとスピードのある文体で、フィッツジェラルド的悲しさも当然
存在する。燃焼する生の瞬間を生き続けることはヒトの肉体的条件として
不可能なのに、それでも、それしか生きる実感が感じられなかったら、
そして自分は燃焼の季節に間に合わなかったという思いが強ければ、ひとは
遅れを取り返そうとアクセルを踏み続ける。そんなことしたって間に合わな
かった時は、すでにもう失われていると解りきっていながら。

 彼女のモラリスティックな姿勢も、彼女の自意識とともにうつくしい。
< なにかいおうとしたが、口にしなかった。あらためてシリアスなひと
 だな、と思う。はっきりいえば__シリアスは力の論理だからきらいだ。
 自分に力があれば、また別かもしれないが。>(p144)

     (鈴木いづみコレクション1 文遊社 96初)
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by byogakudo | 2007-08-12 14:00 | 読書ノート | Comments(1)
Commented by 芽句 at 2007-08-12 23:10 x
不可能なことと知りつつも、私も今燃焼する生の瞬間を生き続けようとアクセルを踏んでいます。神のみぞ知る生の終末、つまり再生する魂の進化に向かって。ビバ! ラ・ヴィ。


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