猫額洞の日々

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2007年 09月 01日

「地球人捕虜収容所」読了

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 (写真はクリックすると拡大します。)

 作者カール・ヘルベルト・シェールはドイツのSF作家、<工業高校
から海軍に招集されて、Uボート部隊に配属となった。>という訳者
あとがきを読んだら、最初の感想と違ってしまった。

 64年に原作は発表されたようだが、同じ敗戦国なのに、ドイツと
日本ではアメリカへの意識が違うなあと、最初は思った。

 まるで「スタートレック」のノリで、異星人対人類の闘いの様子が
描かれているのだ。戦傷のためにサイボーグ化された肉体の持主と
なった主人公は、敵側捕虜収容所にわざと囚われてスパイ活動するが、
敵の異星人は、まるでMr.スポックみたい。感情生活がなく、合理的思考
しか受けつけない。異星人はひたすら悪役として描かれるので、Mr.
スポックのたくまざるヒューマーなぞかけらもない。

 いまだにハリウッド映画の伝統になっている、「原爆=超大型の爆弾」
認識で、何かというと原子爆弾や原子銃をぶっ放す。そりゃあ、同じ
白人主権国家だから、ドイツには原爆は落とせなかったのだろうと僻み
ながら読む。
 闘いに勝利した主人公は、再会した恋人を連れて、自分の王国(半魚人
みたような原住民が棲む、とある惑星)に戻ってエンディングである。
度しがたい帝国主義者め。

 と、初めは思っていたのである。が、アンチ・ヒーロー的役割を果たす、
後に同じ工作員だとわかる男に注目して振り返ると、様相が逆転する。
 捕虜収容所の嫌われ者(人類の仲間をスパイして収容所での地位を確立
した)である男は、じつはダブル・スパイで、一身を賭して主人公たちの
脱出を援護していたことが明らかになる。

 彼に注目して今までのストーリーを再考すると、むしろこのダブル・
スパイが作者の自画像ではないかと思えてくる。軽侮の的であるとわかって
いながら忍従のときを耐える、身過ぎ世過ぎのためとはいえ、戦後のアメリカ
ナイズされた世相に迎合すると見せつつ、忸怩たる思いを秘めながら・・・
後世に判断を待つと、作者はもしかして言いたかったのではないだろうかしら。
能天気野郎としか思えない主人公にも同じ鬱屈した印象を抱くようになって
しまった。

 屈託ある自意識のストーリーとして読まないと、以下の最終行はありえない
だろう。
< やがてクロドウィン・ブーン(注:主人公)がもどってきた。一王国を
 征服する決心をした男の、力に満ちた足どりで歩いてきた。
  いつの日にか、原住民たちは自由独立を求めるようになるだろう。
 しかし、それまではこの広大な国は、彼__クロドウィン・ブーンと、
 彼にどこまでもついて行こうと心を決めた女性のものなのだ。>(p258)

 60年代にアフリカ各地で旧植民地が独立して行ったから、それを受けて
書いてるのかも知れないが。(おお、ここにも敗戦国の鬱屈か?)

 あまり妙な深読みせずに読めば、それなりに愉しめます。
   (K.H.シェール 創元推理文庫 70年7刷)

 今週の新着欄です。先週は日曜日(26日)に上げましたが、今週は
いつも通り。
  新着欄
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by byogakudo | 2007-09-01 13:58 | 読書ノート | Comments(0)


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