猫額洞の日々

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2007年 09月 12日

「おもかげ」読了

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 (写真はクリックすると拡大します。)

 とても幸福な時間を過した。読み終わってからも幸福感は続き、
そのまま眠る。

 本を入手するとたいてい、すぐさま手入れしてグラシン紙で覆って
しまう。でもこの本は、2-3日レジに置いたまま、時々手に取っては
薄いイエローオーカーの函色を愛で、函に貼られた蓮の絵を愉しみ、
本を引き出して、ゆったりしたレイアウトや活字の端正さや、各篇毎に
収められた写真を眺め、と時間をかける。やや縦長の版形もすっきり
うつくしい。なんてきれいな本だろう。

 HPには載せたが、なかなか棚に出さず、昨夜とうとう持ち帰った。
読み出したらあっという間に読み終えたけれど、時間の問題ではなくて
充実度の問題である。恋愛と似ている。どれだけ愛したかであって、
何年続いたかじゃない。1週間、この本は手元にあったのだから、しかも
ちゃんと読んだのだから、次の(わたしよりもっと愛してくれる?)方の
手元に届けば、それでいいじゃないかと、いま自分に言い聞かせている
ところだ。未練がましい。

 本は書かれている内容だけでなく、本というオブジェそのものが
訴えかけて来る。文庫本で読み飛ばして来た無法者の過去を振り返り、
いまさら遅いけれど、好きな作者の作品はもう一度、単行本の形で
読み返したいと思う。


 読み点「、」の間隔がとても狭いのが目立つ。読み点の前の活字に
くっつけたような字組である。PC画面で無理に再現すると、
<見渡す壁には油絵らしい額の間に,ココア拾銭,コーヒ五銭,ホット
 ドッグ五銭など書いた紙が貼つてある。>(「おもかげ」 p27)
 浅草の安い喫茶店の描写であるが、全角読み点「、」のスペースは
明らかにない。半角カンマ「,」の幅がせいぜいである。
 (戦前の喫茶店メニューに、もうホットドッグがあったんだ。)

 文庫本で読んだときから好きな「放水路」(1936年)。読む度にレオン・
スピリアールト「運河の前の家」(1909年)の風景が思い浮かぶ。

 堤防の数え方は「條(じょう)」
< 堤防は四ツ木の辺から下流になると,両岸に各(おのおの)一條,
 中間にまた一條,合せて三條ある。>(「放水路」 p136)
 幟は「流(りゅう)」と数えるのか。
< 左側に玉の井館と云ふ寄席があつて,浪花節語りの名を染めた
 幟が二三流立つている。>(「寺じまの記」 p152)

 果物屋ではなく「水菓子屋」が使用されている(「寺じまの記」
p151他)。荷風は戦後も「水菓子屋」と書いたりしゃべったりして
いたのだろうか。

< わたくしは路地を右へ曲つたり,左へ折れたり,ひや合ひを
 抜けたり,軒の下をくぐつたり・・・。>(「寺じまの記」 p162)
 「ひや合ひ」は「庇合わい」。ごみごみした町なかで軒(のき)の
庇(ひさし)と庇とが重なり合うようになっている状態を示している
と、木村荘八「新編 東京繁昌記」(岩波文庫 93初)で読んだ記憶が
あるが、どこに出ていたっけ。木村荘八であることは確かなのだが。

 奥付の検印は
<永井氏籍
 作 権 章 >という朱印。

   (永井荷風 岩波書店 1936年7月30日 2刷__第1刷は7月10日)
 
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by byogakudo | 2007-09-12 13:15 | 読書ノート | Comments(0)


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