2007年 09月 25日

「神野悪五郎只今退散仕る」読了

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 (写真はクリックすると拡大します。)

 先日の森茉莉エピソードを少し書換えました。って、薔薇の花束の色が
真紅であったことと、もんぺの柄、新聞紙の敷詰められ方がどんなに
びっしりだったか、だけですが。

 お師匠さんが「これが割といい」と仰る高原英理「神野悪五郎只今退散
仕る」(宇野晶・装 毎日新聞社 07初帯)を読み終える。たしかに悪くない。

 スタイルがあるし、擬音の造語力もおかしい。<ゆれゆれとした影>、
時計の音が<じこじこじこぶおんぶおん>、妖怪の話で<ちょっと目が
べろれんってしてる>等々。

 タイトルでわかるように「稲生物怪録」を下敷きにしてある(でも足穂、
読んでません)民俗学系ファンタジー。近ごろの怪談やファンタジーは
民俗学ベースが多い。それはいいんだけど、ファンタジーはエンディングに
世界の救済場面がなくては成立しないのだろうか? 青春小説風に書かれて
いるから甘く終って、それはそれでかまわないとは思うが。
 世界を救済せずに、世界とともに終末を迎えると怪談になる、ということ
ですか? なんか「癒し」という言葉がちらついていそうで、救済エンディ
ングに、どうもなじめない。
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by byogakudo | 2007-09-25 13:13 | 読書ノート | Comments(0)


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